決断(6)


(やっぱり・・・どう考えてもだめなんだよ)


かわいがってもらっていたのに、その恩を仇で返すようなことを自分はしている。
自分がいるからおかしな方向に話が進んでいる。好きだのなんだのと・・・
昨日は泣き止まない自分にその食指をギリギリのところで止めてくれた鷹耶だったが、本当は勢いに任せて・・・という算段だったのだと思う。
数時間前、鷹耶がこの体に触れていたのを思い返すと身震いがした。


もしもどうにもならない時がきたなら・・・



――― 一度情を交わせば、鷹兄は気が済むのだろうか。



(一度・・・)



鷹耶のあまりの激情に、そんな自暴自棄なことを考えてしまうほど静はまいっていた。

自分など鷹耶の周りにいる人間と比べると何の役にも立ちはしないただの子供。鷹耶の周りにはもっと有能で魅力あるすばらしい人達がたくさんいる。
何の因果か偶然出会った小さい頃から目をかけてきた子供に、気まぐれでちょっかいを出したいだけなのだろう。

(試してみたら・・・)

思っていたよりもたいしたことなくて、自分から興味が離れるかもしれない。

(でも、)

でも・・・だからといって「はいどうぞ」とは・・・言えるものではない。仕方なく許してしまっていたキスとは訳が違う。自分の体を投げ出すのだ。好きにしていいと、それこそお人形になって鷹耶の思い通りに・・・。

鷹耶が望んでいることは、体と体の繋がり。
愛あるセックスと言うものだ。



(つ・・・繋がるって・・・・。セ・・・・うわ・・・うわあああ!)





「眠れないのか。お前顔まで赤いぞ。熱でも出たか?」

保健室のベッドに静を休ませた川上は、寝付くまでそばにいてやると言ってカーテンを閉めたが、いつまでたってもゴソゴソと寝返りばかり打っている静が気になり様子を確認しようとカーテンを開けたら、眉をしかめて顔を赤らめる妙な顔を発見してしまう。

「ご・・・ごめん。大丈夫。何でもないから」
「眠たそうな顔のくせに。いろいろ考えないでさっさと寝ろ」

顔に出ていたのだろうか。川上には静が悩んでいることが分かっていたようだった。

「う・・ん。もう、川上も教室に帰っていいから。ありがと」
「寝るまで居るって言っただろ。俺に戻ってほしいなら早く寝ろ」
「う・・・」

布団を顔の半分までかけられてポンポンと母親がするように頭を撫でられた。

(昔よく鷹兄がこうして寝かせつけてくれたな・・・昨日も・・・)


襲いにやって来たであろう鷹耶は、静を泣きやませたあと狭いベッドに添い寝して朝まで過ごした。隣にいつ襲いかかるか分からない危険人物になり果てた鷹耶がいるのに眠れるはずもない静は、結局一睡もできなかった。



朝5時過ぎ。
朝日が射し始めたころ、額に惜しみながらキスを施した鷹耶はようやく静の部屋を後にした。

(「また来る。学校に行くのなら送らせる」)

疲れきって本当は休みたかったが、前回のこともあり欠席したくなかった静は、きついからだを起こして無理に登校した。
ミサカの車に乗って。


「本日から送迎をさせていただきます」


運転手とガードマン?
学校の正門前まで送るようにと瀬名さんに言われたらしくそれを忠実に実行しようとした彼ら。だが黒塗りの車で正門に横付けなんて冗談じゃない。
ただでさえ2学期末に「朝川はまずい人たちと付き合いがあるのでは!」と先生に心配されているのに。

何とか数百メートル手前で降ろしてもらい、また迎えに来ると言う人達に「絶対人目に付く場所では待たないでください」と静はお願いした。
本当は車にだって乗りたくない。
でも、言うことを聞かないと・・・


(「俺の言うことに背くな。約束を違えたときは・・・」)


鷹耶に無理やり約束させられた。
次は容赦しないと・・・

それは泣いても許さないということ。
今度こそは最後まで・・・と言うことなのだろう。
最近命令口調が酷い鷹耶。昔からそうだったがここまで横暴な言い方をする人では無かった。そのきっかけはミサカでの事件でそれを引き起こしたのは自分だと思うと、やはり静は自分を責めるしかなかった。




去り際の鷹耶の言葉を思い出しながら、小春日和の暖かそうな陽ざしが刺し込むベッドでいつの間にか静はかすかな寝息を立てていた。5時間目の始業のチャイムが鳴ると、養護教諭に後を頼み川上は保健室を後にしたが教室には戻らず目立たぬ廊下の端に立ち、出てきたばかりのドアに視線を向けた。


(「どうなってんだか・・・。」)


全くイライラする。
海藤家のあのやばそうな若様とボケた静。
その二人が共に並び立つ姿を想像しただけで、なぜか川上は苛立ち心中穏やかではいられなかった。






「社長、間宮との会合は明後日に変更となりました。皇神会がその日しか予定を調整できないようで」

「かまわん」

「はい。ではスケジュールを組み直します」


春の選挙が近づくにつれて、鷹耶の身辺は今まで以上にあわただしくなった。
2月に行われる東雲会の理事選挙。どの会派も1つでも多くの席を確保しその力を誇示しようと躍起になっている。
鷹耶の属する皇神会は十理事のうちの2席をすでに確保しているが、今回空きのできた理事席を新たに手にするために去年から水面下で静かな抗争を繰り広げていた。それは元をたどると東雲会のドンである祖父の修造が指示を出したのだが、それを実際に命令し鷹耶を動かしていたのは父の廉治である。修造が鷹耶に無理難題を押し付けたのは、実の孫のように可愛がっていた静からしばし引き離すための手段でもあった。



「ニャンコとはどうなったんだ?」

秘書室に戻って来た瀬名に西脇はいつもの緊迫感のない顔で問う。
先日朝まで共に過ごした2人に心配していたような出来事が起こっていないのは、部屋から出てきた鷹耶の様子やその後いつもどおりに登校した静を見れば分かった。

「朝まで一緒にいて何もなし・・・か。あいつは一体何がしたいんだ?」
「何もなかったわけではないと思いますが、私達は指示通りに動くだけです」

「余計なことはしないと?」
「そうは言っていません。必要とあらばさしでがましくともその余計なことをさせて頂くつもりです」

「ふーん。やる気満々ってとこか?瀬名さんらしくない」

さん付けで呼ばれたことが気に障った瀬名は、いつも適当に楽しく生きているように見える年下の同僚に冷たい目を向けた。

「おー、美人がにらむと怖いね。加賀美所長はよくストレスで倒れなかったよな。そこだけはあの人を尊敬するよ」

「・・・そういえば」

西脇が会話のネタとして出しただけの弁護士・加賀美の名に、瀬名が反応する。



「あなたは斎原(さいばら)を・・・知っていますか?」
「斎原って・・・あれだろ、鷹耶んとこの」
「斎原が跡継ぎと相続に関する全てに関して次男に譲渡したいと、はっきり東雲会長に申し出たそうです」
「それってなんか特別な意味あるのか」

斎原家は戦後の闇市で掃除屋と呼ばれた何でも屋。
葬式のサクラから端は暗殺まで金さえ積めば何でもする闇に暗躍する特殊な一族だった。

彼ら個々人の腕は確かなのだが、金に糸目を付けず仕事を請け負った結果逆に暗殺対象にされ、斎原の人間は次々に同業者に殺された。そして生存者が20人を切ったこの一族は、闇の世界で当時皇神会のトップであった海藤修造の力無しでは生き残れないほど弱体化していた。

敵を排除し一族を救う代わりに、これから先海藤家の手ゴマとなる。
斎原家に迷いはなかった。
彼らは東雲会の配下というよりは、海藤修造という個人への忠誠で動いていた。

「斎原は海藤家の虎の子ですからね。その跡継ぎともなれば慎重にもなるでしょう。加賀美所長は斎原の当主とその息子と共に、明日本家に出向くそうです。その際・・・社長を本家に近寄らせるなと、所長に指示されたのですよ」
「ハッ、あいつは頼まれたって行かねえだろう。東雲の爺さんのこと毛嫌いしてんだぜ」

「そうですが、おかしいと思いませんか?社長は海藤の3代目ですよ。斎原の現在の当主が皇神の会長の手ゴマであるように、次の当主に推された次男は将来社長の手ゴマとなるはず。ならば、面通しをして当然でしょう。なのに・・・」

なぜ跡継ぎ同士の接触を拒むのか。
海藤の3代目を継ぐはずの鷹耶と斎原の次男という若き跡継ぎ。


(まさか、社長を後継ぎとして認めない・・・など東雲会長は考えているのだろうか。)


朝川静のことで、社長が不興を買っていることは耳にした。元々折り合いもよくない。


「鷹耶は切り離されるってことか?」

「そうは・・・思いたくありませんが」


選挙に忙殺されて、そして朝川静とのこと。
そこに本家の奇妙な動き。

鷹耶がヤクザ家業から表向きだけでも手を引こうと、そのために立ち上げたミサカクリエイト。
結局は東雲会の最大の資金源となり、海藤家を潤す糧となっている。その鷹耶を切り離すということは、修造にとっても手痛いことだろうに。

(それともほかに何か理由があるのだろうか。あの家に関して自分達は知らないことが多すぎる。朝川静のことにしてもしかり)



動き出した斎原。
東雲の会長と皇神の会長の奇妙な動向。


これから進む先に暗く底の見えない大穴がぽっかりと口を開けて自分達を待ち構えているように思え、漠然とした不安に瀬名は美麗な眉根を寄せた。

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あきゅろす。
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