決断(3)


「・・・と、・・・とりあえず」
「何だ」

「この・・・・これはさ」
「言いたいことがあるなら、はっきりと言え」

「・・・・・・・・・・・・どいてください」
「問題はないだろう」

「僕にはあります」
「俺には無い」

(「はぁ・・・・・・・・・」)

話を聞いてくれるのならこんな抑え付けられた妙な体勢では無く、起き上がってちゃんと向かい合って・・・明るい部屋で話をしたい。向かい合って・・・と言うよりかは、一定の距離を保って会話がしたかった。



「こ・・・こたつに」
「寒いのなら温めてやろう」
「え・・・いや、そのそうじゃなくて・・・ぉうわ!」

抑さえつけていた手が離れると、今度は抱き起こされて鷹耶の胸に引き寄せられる。掛け布団で覆われ背後から包むように体を密着し抱き寄せられると、静は首筋に鷹耶の熱い吐息を感じた。

「どうだ」
「・・・こういうのは・・・ちょっと」
「もっと手っ取り早く温まる方法もあるが、それを試してみるか」

(手っ取り早く・・・)

それはきっと・・・いや絶対おかしなことになるに決まっている。今までの経験上そんな予感がしてならなかった。だから何となく想像が付くそれを聞くのは遠慮したかった。

「・・・え、遠慮しときま・・」
「人肌の、」
「却下です!こ、これでいいです。もうこのままでいいですから・・・でも、」

鷹耶の言った通り、時間が経つと冷たかったスーツの感触も気にならない程に包まれた布団の中は温かみを帯びてくる。2人分の体温。それを今一番感じているのは背中だった。静の背にピタリと身を寄せる鷹耶から、服を通してだんだんと人の持つぬくもりが肌にしみ込むように伝わって来る。



(あったかい・・・)



昔からよく膝に乗せられてかわいがってもらった。話をするときもご飯を食べる時も、うたた寝する時も・・・鷹耶の膝は静の特等席だった。
しかし、そんなぬくもりに悠長に浸っている場合では無かった。今と昔では状況が180度違っているからだ。
残念ながら昔ほどの信頼を今の鷹耶は静に示せてはいない。
全てを投げ出して頼れる優しい兄ではとうに無くなっていたのだ。



「その・・・へ、変な事・・・しないでくださいね」
「それはお前次第だ」
「!」

今から話すことを、鷹耶は冷静に聞いてくれるだろうか。
そんなに難しいことや無理な事を話すつもりは無い・・・と、自分ではそう思っている。
当たり前の、普通の人が考えるごく当たり前の事を話すだけ。
それなのにこんなに緊張するのは、その“普通”に鷹耶が当てはまらないからだった。

何でも出来て人格的にも優れた大人な鷹耶。その能力、容姿、家柄・・・天はいくつの産物を彼に与れば気が済むのだろうかと、羨ましく思ったことが無いわけでもなかった。何よりも一族という多くの家族を持つことが一番羨ましかった。


(「この人はあの大きな家の跡取りになるすごいひとなんだ。そんな人が僕の優しいお兄ちゃんなんだ。僕はね、鷹兄が大好きだよ」)


心の底から尊敬する対象だった。
11歳離れた彼は大きくて眩しくて、自分の目標でもあった。
「大好きだと」・・・・つい最近までそう思っていた。






「あのね、僕はね・・・鷹に・・・鷹耶さんがこの前僕にしたことを・・・・・お・・・怒ってます」
「・・・」

「瀬名さんに話したいことがあるって言われたけど、あの時はその、怒ってて混乱してて・・・」
「・・・」

「廉叔父さんも、し・・・心配してたし」
「・・・」

「だから1人でちゃんと考えようと思って、倫子さんに付いて行って・・・」
「・・・」

「倫子さんも・・・心配してて。その、もう・・・会っちゃだめだって言われて」
「それで、お前自身はどうしたいのだ」
「・・・!」



瀬名が勝手に行動しているのは気づいていたが、後半に出て来た父親と朝川倫子の名を耳にしたとき鷹耶の眉間には深いしわが寄った。



「他人の意見ばかりだな。お前の意思はどこにある」



ずっと黙って聞いてくれると思っていた鷹耶が突如耳元で呟いたことにビクリとして身を強張らせると、静を抱く大きな手に力がこもった。

「僕は・・・その」

心臓が早鐘のように鳴るのをゆっくり呼吸することでなんとか抑えて、静は乾いた唇を懸命に開いて鷹耶にとっては苦言となる言葉を吐露した。



「ああいうことは・・・・・・したくありません。鷹耶さんとその、そう言うのは駄目だと思っています。本当は、キ、キスだって・・・駄目なんだと思うんです」
「ああいう・・・こととは?」

分かっているくせに鷹耶はわざと知らないふりで聞いて来る。そう言うところは相変わらず意地が悪い。そんな恥ずかしい言葉を静が簡単に口にできないことを知っているはずなのに、敢えて吐かせようとする鷹耶。これはもう完全にからかっていじめるモードに入っている。こうなると大概話が妙な方向に進むのだ。


「それは・・その・・・あの・・・・えっと・・・・・・」
「さっきも言っただろう。はっきりと言葉にしろ」

「え・・・・いや・・・・えっと、だからですね、そのね・・・・この前みたいな・・・」


(触ったり、な・・・舐めたり。も・・・もっと変な事しようとしたじゃんか!)


あんなことやそんなことの総称を口にできない静は、しどろもどろになりながら言えない言葉の代わりを口の中でブツブツ唱えていた。



「・・・・俺とセックスはできないと?」

「ぃ!!」



――― セックス!



(な、ななななな、なんでこの人は、そう言うことを・・・く、口に出して言うかな!!)



静にとっては赤裸々すぎるセックスという単語。口にするのもはばかられる卑猥な言語。それを恥ずかしがらずにポンと言い放つのは鷹耶がもう大人だからだろうか。
常に冷静で秀麗な面持ちの下に男の激しい野性を隠し持っていた彼が、あの心地よく耳に響くテノールで卑猥な言葉を口にすると、静の心拍数はそれだけで急上昇した。性に関しては・・・というか様々な面で幼すぎる静がその言葉を聞き露骨な程に肩を跳ね上げると、鷹耶にフッと鼻で笑われた。




「そ・・・そ・・・・それ、それは・・・女の人とすることで、好きな女の人と・・・で・・・・・同性でそういうのは・・・」

つまるところはそう言う事なのだ。
常識としてセックスは男女間の営み。
男女が愛をはぐくみそして子供が生まれるという神聖な行為。
その規範意識の枠からわずかでもはみ出す思考を、静は一切持ち合わせていなかったのだ。




「誰がそんなことを決めた」
「誰って・・・それが普通で、」
「西洋では人口の6%が同性で愛し合うと言う。アメリカでは10%以上らしいぞ。お前の言う“普通”とは全体の何パーセントを指すのだ?」
「え・・・・・あ・・・・え?・・・・・それは」
「ああ、それと俺は女であろうと男であろうと他人に好意を抱いてセックスをしたことは無い」
「な・・・・・ええっ?!」

(す・・好きじゃないのに・・・そ、そういうこと・・・・できるの?!ってか、男であろうとって・・・鷹兄何やってんのさ!!!)

思いもよらぬことを次々と口にする鷹耶に、静の中にある鷹耶の像がまたしても崩れてゆく。
説得するはずの静が驚きに閉口し、逆に鷹耶の方が饒舌に話しおかしな自論を正当化しようとしていた。


「好きになった相手が静だった。お前が男であり俺も男だった。ただそれだけの事だろう」

「う・・・・・」

(それは・・・その通りなんだろうけど・・・って、だめだ、これじゃまた丸め込まれる!)

「何パーセントとか、そんなの分からないよ!でも、女の人を好きになって当然じゃんか。鷹兄は女の人を好きにならないといけないの!」
「性別は関係ない」
「関係あるよ、女の人じゃないと結婚できないじゃん!」
「なんだ、お前は俺と結婚したかったのか?」
「はあ!!!なっ・・なんでそう言う考えになるの!!」

分かっていたことだが、鷹耶とは話がかみ合わない。言葉尻や上げ足を取っていつも大事な話をうやむやにされるのだ。


「そうか、ならば同性婚が法的に認められている国にでも移籍するか。オランダ、スペイン、ベルギー・・・どこがいいか。英語圏がよければカナダやアメリカも居住条件付きで許可する州が多い。世界中どこにでも受け入れてくれる場所はあるぞ」


「な・・なんで・・・そんなことを」
「常識だ」



人の常識はものさしでは測れないと言うけれど、鷹耶の常識を図るものさしを静は持っていなかった。

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