決断(1)


3学期に入って直ぐに実施された実力テストの結果は5位だった。
旅行先でも毎日欠かさず勉強した。帰国できたのは始業式の前日だけど、帰ってからも時差ボケでボーッとする頭を、足立お勧めの栄養ドリンクで無理やり覚醒させて勉強にいそしんだ。
10位以内。それを達成できた僕の首は、何とか繋がった。

『奨学生、首になったらすぐにロスにおいで。こっちで一緒に暮らしましょうよ!』

倫子さんは僕が退学になっても構わないらしい。どちらかと言うとそれを望んでいるみたいだ。全く、人ごとだと思って考えがお気楽だなぁと思う。必死に勉強してやっと掴んだ桜ケ丘の奨学生だ。それを1年もしないうちに手放すなんてもったいないし、退学とか情けないって。友達だっているしそれに・・・

静の頭には、倫子から関わってはならないと厳しく言われている海藤の人達が浮かぶ。小さい頃から孫のように可愛がってくれた修お爺ちゃん、父親だと思えと言ってくれる廉叔父さん、そして・・・。
鷹耶の事を思うと気が滅入る。どうしてもそうなる。



ミサカから逃げ帰ったのを境に、静は鷹耶とは会っていない。本当のところはステラ2で会って何とその時キスまでされたらしいが、酔っていた静にはその記憶が無い。

(人が・・・しかも叔父さんが見ている前で、どうしてそんなことをするかなぁ)

廉叔父さんから話を聞いた後は、恥ずかしくて穴があったら入りたかった。
叔父さんはどう思っただろうか。自分の息子が男の僕と、キス・・・とかしたことを。

普通はおかしいと思うよね、気持ち悪いと思うよね・・・
大事な跡取り息子が、こんな何の取り柄も無い子供なんかと、あんなことしたのを見て。そのうち叔父さんは僕の事を・・・・・・・・・・・・・・嫌いになるかもしれない。

「・・・」

そう思うと胸がズキリと痛む。
倫子さんが言う、近づいてはいけない人達。
でも、僕にとっては小さい頃から家族のように接してきた大事な人達。その人達から嫌われるのは、ちょっと・・・きついかもしれない。

嫌われるくらいなら、会わない方がいい。

(そうだよね。別に家族じゃないし。会わなきゃいいんだよ。)

去年の出来事を顧みると、鷹耶からのアクション以外は全部自分が招いたこと。
夏に修お爺ちゃんの家に行ったことだって、自分が事件を起こした事が原因だ。そのおかげでお茶会になんて引っ張り出された。廉叔父さんにだって自分の都合でこちらから連絡を取ってしまい、その結果がステラ2でのバカ騒ぎ。
でも鷹耶の気持ちを知った今は、以前と同じように皆の好意に甘えることはできない。だってもう、もう鷹兄じゃないから。

鷹耶が自分に対して女の人に抱くような恋愛感情を持つのなら、自分は海藤家にとって跡取りが道を踏み外す要因となるはた迷惑な存在にしかなりえない。それがたとえ鷹耶の冗談や遊びだったとしても、男相手に現を抜かすなど体裁が悪すぎる。
お爺ちゃん同士がたまたま親友だったから、ただそれだけの理由で親のいない自分に手を差し伸べてくれた人達。だが今の自分は海藤家にとって、厄介事を持ち込む存在でしかない。



皆から離れていろいろ考えた。



―――――― もう、あの人達とは関わらない方がいい。僕には倫子さんだけ。高校を卒業したら倫子さんの所に行こう。



それが一番いい考えだと思った。
卒業までだいぶあるけれど、徐々に距離を置く。
それは寂しいことだが、自分だけの問題では無いから。

静はそう、心に決めていた。






夕方6時過ぎにアパートに帰り、未だに慣れない新しいドアのボタンを押した。
帰国してから1週間。鷹耶からの接触はまだ何も無い。
もしかしてあれはやっぱりただのからかいで、本気じゃなかったのかもしれない。そう思いたいがゆえに勝手に自己解決して、それでも自分からは絶対に接しないように心がけた。もし、アパートに来たとしても部屋に入れないし今度は前みたいに流されないでしっかり嫌だって言う。


――― 絶対に嫌だって、間違いだって、おかしいことだって。


そして、修お爺ちゃんや廉叔父さんを不安にさせないためにも、鷹耶に自覚させなければいけない。
自分はもう高校生なんだから1人で大丈夫だって。心配なんかいらない、気遣う必要もないんだって。あなたとは関係ないんだって。

くだらない遊びは終わり。
兄と弟も終わり。
僕たちは・・・無関係になるんだ。

いつまでも、僕なんかに構ってないでもっとしなきゃいけないことがあるでしょうって言ってやるんだ。
海藤鷹耶は、僕なんかとは違う世界で生きていく人なんだから。
今、お別れすることが、一番いい。きっと、誰にとっても・・・






その日はいつもより早く眠りに就いた。試験結果が分かり安心したからかもしれない。




『・・・か』



声がする。
誰かが、しゃべっているの。



『・・ずか』



もしかして呼ばれている?
でも、ここはどこだろう。真っ暗で自分がどこに居るのかもわからない。動かしたくても体は自由にならずまるでこれは、そう・・・夢の中。


(そうか・・・夢を見ているんだ。思い道理にならないわけだ)


暗闇の中で、動けなくて、頭がはっきりしなくて・・・
これと似た夢を、以前にも見たような気がした。

(・・・夢だ・・・。これは多分・・・ゆ・・)

静はそう自己解釈した。何よりも眠くて夢さえ見たくないと思った。しかし、自分を呼ぶ声が眠りを妨げる。



「静」
「・・・」
(うるさい・・・)



「静」
「・・・ん」
(もう・・僕、ねむる・・・・から・・)



「静」
「ん・・・・・・・・っ・・・?」



今度ははっきりと聞こえた声に、急速に眠りの底から引き上げられる。
真っ暗闇の中、開いた視界は何も映さない。これは夢の中と同じただの暗闇。だがその中に人の気配を感じ、まだ夢と現実の狭間で漂っていた静の意識は、黒い人影を認識すると混乱する頭で声なき声を上げた。


「・・・・・・ひ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」


かすれた悲鳴は冷たい何かで押さえられた。
強張った体の上に落ちる重い枷。何かが体の上に覆いかぶさっているような感じだった。


(ど・・・泥棒・・・?もしかして…僕、こ・・殺される!!)


見えない何かに恐怖し自然と体が震えだした。塞がれた口からは声も出ず、掛け布団の上から押さえられた体は身動きが全くとれない。真っ暗な中見えない何かがそこにいる。恐怖の中でただ押さえつけられる沈黙の時間が続いた。






30秒?1分?それとも5分は経っただろうか。
時間の感覚がマヒするほどの恐ろしい緊張の中で、静は鼻をかすめる臭いにハッとした。

(・・・・・この香り。)

口を塞ぐ冷たい手が温かみを持ち始めたのを感じながら、かすかな香りに意識を集中させる。
記憶に残るフレグランス。これは・・・



(まさか!)



「ん・・・・・・・・・・・っぐ・・・・ん・・・!」



閉ざされた口で必死に声を上げる。布団から手を引き抜き、自分の口を押さえるその手を両手で掴んだが、その腕が離れることは無かった。だが、覆いかぶさる不審人物の正体に確信を持った静は、諦めることなく必死に抵抗し、喉の奥を震わせてくぐもった声で叫び続けた。

「う・・・うん・・・・・・・・・ん・・・・・っ・・!!」

すると不審人物の腕を掴んでいたはずの自分の手は、逆にその大きな手にひとくくりに掴まれて頭上に引き上げられ、被っていた掛け布団がバサッと音を立ててはぎ取られた。
ひんやりとした空気がパジャマ越しに伝わると同時に、のしかかってきた人物が額に触れた。それはおそらく・・・唇。
そして両まぶた、鼻の先、頬にキスの雨が降る。・・・こんなキスをする人を静は1人しか知らない。



「た・・たか!」



やっと口を塞いでいた手が離れた。
すぐさま呼ぼうとしたその人の名は、言葉にするよりも早く、冷たい唇で塞がれた。

「・・ん・・・・・・・・・・っく・・・」

冷え切った唇を押し付けては来るものの、それは優しさを感じさせるようなキスだった。そしてそのキスは時間と共に激しさを増し、休む間も与えない執拗なキスへと変化する。しかしそんな優しいキスでさえ口内に侵入した舌使いが、あの悪夢を思い出させる。

「・・っつ・・・・あ、や・・・・鷹・・・・・・・・」


夢じゃない。
これは夢なんかじゃない。


間違いなく、鷹耶がここにいる!
ここは僕のアパートのはずなのに!



記憶の糸をたどりながら、静はその香りと冷たい口づけに、会ってはならぬ人が目の前に現れたことを自覚した。

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