父親と息子
至近距離にあった鷹耶の鼻が自分の頬に当たった・・・と言うか、乾いた物が唇に当たった。

それは鷹耶のキスだった。



「うーーーうーーーーーー!!!」



苦しがる静の唇に舌を絡めた。唇への当たりはソフトに、でも口内を探るような深いキスはチュルと濡れた音を立て、静は苦しくて呼吸をするために口を大きく開け鷹耶の思うままにキスを受ける。


「いやん!デカイ息子さん!強烈ぅー」

「くおら!鷹耶てめえ、俺の目の前で何かましてやがる、ふざけんなよこのクソタレが!!」

廉治は静の首根っこを捕まえて片手で引きずり寄せて自分とレイナの膝の上に静を取り戻した。ぐるりと天井が回って体が浮いたような錯覚に陥った静は、まだ寝ぼけているのと酔っぱらっているせいで、何が起きたのか分からずキョトンとしている。



鷹耶はペロリと舌舐めずりして言った。


「・・・酒の味だ。なぜ酒を飲ませた。キャバクラに深夜徘徊、極めつけは飲酒か?オヤジこそふざけがすぎる。オヤジもあの女と同じく悪い影響しか与えないようだな。もう静には近づくな。教育上よくない」

「あーーあの人、また倫子さんの悪口言ってる〜。倫子さんは何も悪くらいもん。僕の家族のこと・・・悪く言わらいれよね」

引っ張られて目が冴えて来た静は、倫子という名前に敏感に反応して咄嗟に反撃してきた。




「大体さぁ〜あの人・・・いろいろうるさいんらよ〜。小姑みたいなんらよ〜」

静は真っ赤な顔で眉をしかめて鷹耶のことをあの人などと言い出した。

「門限は6時とからったし、パンは食べちゃらめって言うし、友達とだって夜遊べないんらよ〜信じらんな〜い。それにねーーードアとか勝手に変えちゃうんらよ〜」
「うんうん。それはびっくりねー門限6時とか私だったら家出するわ〜」
「らよね〜・・・それにすぐ怒るし・・・この間なんか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


そう、この間なんか・・・・・・・・・・・・・・


僕・・・いやだって言ったのに・・・

あんなこと・・・すんごく嫌だったのに・・・なのに、鷹兄は・・・
思い出すと胸がキュッと痛んだ。



頭がグルグル回っている感じがする。
耳鳴りもガンガンしてきだした。
酔いが回って気持ちが悪い。
嫌な事ばかりが頭の中をめぐって、あの熱い鷹耶の息遣いが耳元でしたような気がした。

目の前がグニャリと歪んで見えた。



「僕・・・僕・・・・」
「どしたの?息子君?」

「僕ね・・・うっ・・・・・ぼ・・・くっ・・・・・・・」

言い淀む静は顔を下げたまま握った拳に更にギュッと力を入れた。

「どうしたの?どこか痛いの、気分悪くなっちゃったのかな、ねえ山ちゃんもうこの子連れて帰った方がいいんじゃないかな」
「そうやな、ちょい悪酔いさせたかもしれん。おい染谷、外の奴叩き起こして車回せや」
「はい」



「僕・・・嫌だって言ったのに・・・なのに・・・言ったのに・・・・・・・た・・・・・・・鷹に・・・・うっ・・・・う・・・・・」



その言葉を吐きだした途端、酔っているせいもあるのだろう。気が高ぶっている静は声を出して泣き始めた。誰にも言えない、言っちゃいけないと思っていたことが止めようもなく噴き出してくる。

「あらあら、息子君。もう泣かないで〜大丈夫だから〜ほら、言いたいことがあったらお姉さんに話してごらん、ねっ!」


「っ・・・・・・・・僕・・・い・・・・・・・言った・・のに・・・・・・ひっく・・・や・・・・・・・やだって・・・・言ったのに・・・・う・・・・っく・・・・あ・・・あんな・・・・ことして・・・・」


「息子君・・・・もう大丈夫だから・・・山ちゃん・・・・」

静が嗚咽交じりに訴えた言葉にレイナは廉治を見上げて悲痛な目をした。



――― いやだって言った・・・




泣きながら何度も繰り返すその言葉に、「・・・ケンカしてて」と暗い表情で言った静の顔がよみがえった。



「おい鷹耶っ、てめえ・・・静に何しやがった」



静がとぎれとぎれに吐露する言葉に完全に酔いが吹っ飛んだ廉治は、静をレイナに預けて立ちあがり射殺すほどの強い視線で実の息子を見た。視線の先に居る息子は表情も変えずさも当然のように言葉を返す。

「言ったはずだ。静は俺がもらうと。俺が静に何をしようとオヤジ達には今更口を挟む権利はない。それがあのときの約束だ。それを違えると言うのなら、俺は全てを放棄する。今すぐにでもな」


ガシャン!
グラスが倒れて割れる。


「この、クソが!!!」

テーブルの上に土足で上がりグラスや瓶を蹴散らしながら真っすぐに鷹耶を目指した廉治は、鷹耶の胸ぐらをつかみ上げそのまま顔を殴りつけた。

固く鈍い音が室内に響き、レイナは目をつぶって静を頭ごと抱きよせた。秋月はその場で微動だにせず親子の確執をただ目を眇めて見ているだけだった。



「静を何だと思ってやがる!」

再び握りしめた拳を振り上げ睨みつけると、鷹耶は口の端を少し上げフッと笑った。

「言っただろう、俺のものだと」



あくまでも己の意思を通し、それだけは譲らないという態度を隠しもしない鷹耶。自分達が思っていた以上に、鷹耶の静に対する執着は深かった。その暗い目と同じほど底が見えない欲の深さ。こんな奴に求められ愛されることは静のためになるはずがない。こいつの歪んだ情念はいつか静を壊すことになる。





「てめえは・・・・・・・・・・・・あの時死んだ方が良かったのかもしれねえなぁ・・・」





ガッツ!!

そして続けて顔を容赦なく殴打した。



「やだ、もう山ちゃんやめてよ!息子死んじゃうわよ」

全く抵抗しない鷹耶の口からは血がポトポトと流れ落ちるが、その表情は変わらない。痛みを訴えるわけでもなく殴る父親を睨み返すわけでもなく、ただその目は虚空を見て薄らと笑みをたたえてさえいるようだった。



血を流す口が開き、少しかすれた声が漏れる。

「・・・そんな俺を後釜に据えようとしたのはあんた達だろうが。死にぞこなった俺と万尋を生かした時点でオヤジ達は選択を誤った・・・・・・俺はあのとき死んでも・・・・・かまわなかったさ・・・・くくっ・・・」

「そうかもしれねえな。だが、だからと言って静を傷つけることは許さねえ!」

「おかしなことを言う・・・オヤジ達も同罪だろうが。俺が・・・知らないとでも思っているのか」


「・・・・何をだ・・・」



鷹耶と視線がかち合う。ニヤリと笑う鷹耶は真実を隠そうと必死になる廉治をあざけるように言い放った。


「島木の爺さんに頭下げたんだろう?」


鷹耶の言葉に廉治の体に衝撃が走った。


「そして島木の爺さんと共謀して朝川、」

「うるせえ、それ以上言うな・・・。てめえがあのとき死にぞこなったと言うなら・・・・・・・・・・今俺が殺してやる」



暗くよどんだ鷹耶の眼。その歪な眼光にあの惨劇を思い出した廉治は何発目になるか分からない拳を喰らわせるためにその剛腕を振り上げた。しかしその腕は宙で停止する。

「もうやめてください。会長」

廉治の腕を掴んだのは秋月。ギリギリと鳴るその腕を押さえ鷹耶への一方的な暴力を差し止めていた。






「はあ・・・なんでこんなことになってるんですかね。大事な跡取りでしょうが」

戻ってきた染谷は、鷹耶を殴ったであろう拳に血をにじませる廉治を目にした。その怒り様はすさまじく、背筋に冷や汗が流れた。

「跡目なんぞは他にいくらでもいる。こいつの性根は腐りきってやがる、だから俺が徹底的に叩き直してやる!」
「もういい加減にしてください会長。それより静さんを早く連れて帰らなくていいんですか?・・・・そんなに若をぶち殺したいなら明日にしてください」

染谷は鬼の形相でまだ殴ろうとする廉治と鷹耶の間に割って入った。いつまでもここに居たらこの親子喧嘩はエスカレートする一方だろうし、鷹耶が大人しく殴られているだけとも思えなかった。鷹耶も切れたら手がつけられない。憎み合っているようにさえ見えるいつも反発している親子は、そんな気性だけはそっくりだった。

廉治が鷹耶を殴るのは問題はないが、その逆が起これば一大事だ。上司と部下でもあるこの二人。選挙も間近であるのに内輪で反逆だの制裁だのともめさせるわけにはいかなかった。それに元々仲が良いとは言えないこの親子の溝をこれ以上深くもできない。この親子には長年仕えてきた自分達側近も知らない、何か根深いものがあることは今日の話で確証を得た。



染谷の言う「静」という言葉に、沸騰していた頭が少しだけ冷めた。後ろを振り返ると、レイナが服を着せ靴を履かせていた。そして鷹耶から遠ざけるようにドアに導いた。






自分の横を通り過ぎるとき、すん・・・と鼻をすする音がした。泣きながら出ていく静。自分は今それを追うことはできない。




違う。そうではない。
今は追う必要が無い。




オヤジ達が今更どうあがこうが、静はもう自分のものだ。逃げようが、拒もうがどんな手段を講じてでも自分の手元に置く。
自分には元々それしかないのだから。




出会ったあの日から。
生きていくのに必要なのは静だけだったのだから。



他には何もいらなかった。




※すいません、コピーの仕方が悪くて本文が2行抜けてました。16:40に追加しました。本当にすんません。

次回・・・「暗礁」

残り2話で楽しい冬休みだ!・・・・・・楽しいのかな?

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あきゅろす。
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