素敵な叔父様?(3)
さかのぼること2時間前。



迎えに行かせた部下からしくじったという報告を受けた瀬名は、怜悧な顔を更に凍てつかせていた。
おとなしくは付いてこないと思い抵抗された時のことを想定して、それなりの人数を向かわせたにも関わらず、全員手傷を負ってむざむざと戻ってきた。無能な部下に放った冷たい罵声、それは社長室で「こりゃあまいった」とふざけた顔で肩をひょっこり上下させたミサカのガードを統括する西脇に言ったも同然のセリフだった。

「宇都宮に照合させろ。ニャンコを連れて逃走した奴を割り出せ」

やられて帰って来た部下達に静と消えた人物を割り出させてはいるが、その間社長室の雰囲気は陰鬱だった。事の次第を知った鷹耶は仕事をしてはいるものの、頭の中ではまたもや逃げ出した静への情念が渦巻いているのかもしれない。捕獲失敗の一報を聞いた時、鷹耶は笑った。見慣れている自分でも思わずゾッとしそうなほど冷ややかに。

ニャンコはどうやら徹底してこちらの誘いを蹴る構えのようだ。あんなことがあったあとだ。警戒心をむき出しにして手を出したらひっかれるだろうと思った矢先この事態だ。部下が言うには、歯向かって来たらしいし。どうやらただのひ弱な坊やでも無かったようだが・・・


「サングラスのガタイのいい男ねえ。さて、一体誰と逃走したやら。ニャンコにも困ったもんだぜ。次からは俺が行くわ」


部下のしくじりを瀬名に叱咤されたのが気に食わなかったが、確かに今回の責任は自分にある。朝川静をただのか弱いお坊ちゃんだと決めつけていたから失敗したのだ。西脇はそう言って宇都宮のいる情報部へ向かった。

「申し訳ありません社長。私が出向くべきでした」

「あれは武道の心得がある。しかし・・・歯向かうとは思わなかったな」

深々とこうべを垂れる瀬名に対して、鷹耶はそれだけ返した。怒りをぶつける矛先も無くただ黙々と書類を片付けて行く。そんな様子を見て秋月も特に口を挟まなかった。





積み重なったファイルを処理しながら瀬名はこれからのことを想定した。
ニャンコが捕まるのも時間の問題だろうが捕まえたらどうするつもりなのだろうか。穏便には済まないかもしれない。少しでもまともな状態で2人を早く引き合わせたいと思ったのだが、まさかこんなことになるとは。

どうも、あのニャンコは思っていたよりもはねっかえりのようだ。
夏の逃走事件。警察沙汰。本家を巻き込んでの対立。そしてまたしても今回の逃走劇。本人に事を荒立てる意思は無いのかもしれないが、何分相手が鷹耶となると全力で噛みつかないと身を守るすべはないことを知ったようで、とうとう本領発揮で暴れ始めたわけだ。
たかが高校生1人、今回は完全にこちらの手抜かりだったが次はそうはいかない。言うことを聞かないやんちゃな猫は首根っこをひっ捕まえてでも大人しくしてもらおう。
煮え湯を飲むのは今回だけだ。




ピピピ。


静かな部屋に携帯の着信音が響く。
見たことのないアドレスに鷹耶は眉をしかめたが、それはメールを開けることで更に眉根を釣り上げる結果となった。


件名:パパでちゅよ〜

本文:『てめえのせいでジジイにいちゃもん付けられてんだ、年末年始はこき使ってやるから覚悟しとけよ。俺は今デートだ。てめえはこんな甲斐性なんざねえだろうが。俺たちゃいま猛烈にハッピーだ。じゃ仕事に精を出せ。ざまあ見ろクソガキ』


そして添付画像には肩を組んで楽しそうにピースする静と男の写真が貼り付けられていた。

差出人はここに映っている不遜な男・・・



「・・・クソは貴様だ」



秀麗な顔からは不似合いな下品な言葉が漏れ、携帯を見る鷹耶の表情が一層影を帯びた。横に居た秋月には添付画像が目に入り、大体の状況を掴む。

「追跡は中止だ」
「はい?」

静の捜索を中止するという社長の発言に驚くが、秋月の目配せに今の携帯に何か原因があることを知る。
傍に寄ってきた秋月が瀬名に耳打ちした。

「皇神の会長だ」
「え!」

静を連れ出したのは思いもよらぬ人物。皇神会の会長。それは社長の父親だった。






「こら染谷てめえ、何だこのアホみてえな文章は!パパって・・・気持ちワリぃこと書いてんじゃねえよ」


静との2ショットを写真に撮ってムカツク息子に見せつけてやろうと思ったまではいいが、メールの文章を打つのがめんどくさくて染谷に任せたところ、どうやらその内容が気に入らなかったようだ。

「苦情と今後の予定、そして現在のハッピーな状況と、簡潔で分かりやすくていいでしょう?だって会長いつもジジイとかクソガキとか言ってるじゃないですか。それにさっきも若のこと甲斐性なしだって」
「そのまま送るアホがどこに居る!せめてもうちょい・・・でもデートっていう下りはけっこういいな、これはカウンターパンチだろうなぁ」
「でしょう〜若様今頃頭モーレツに沸騰してますよ。返信来ませんかね『殺す』とか『死ね』などの返信を予想して送ったんですけど」



あ・・・あなたたち・・・何やってんですか・・・



「叔父さん!もしかしてさっきの写真鷹耶さんに送ったの?!」
「おう。あのとうへんぼく今頃苦虫かみつぶしてるだろうな。だが心配するな。あいつはここに駆け付ける暇なんざねえくらい仕事が山積みのはずだ」
「ああ・・・もう、なんてことを・・・」


絶対このままで済むわけがない。アパートまで買っちゃうあの人が部下の人ボコって僕を連れ出したことを怒らないわけないじゃん!

「心配すんなって、もし来たら返り討ちにしてくれるわ!」
「叔父さんはそれでよくても・・・僕は・・・」

僕はどうすればいいんだよ!



「お前を連れ出したのは俺だ、お前が心配することはねえだろうが?」
「あのですね・・・そう言うの通用しないと思うんです」

だって、僕だって会社の人に暴力を振るったわけだし。叔父さんと一緒に居るってことでもうアウトだと思う。



「全く、あのクソガキはいつまでお前の尻追っかけてるつもりなんだ?静もはっきり言ってやったらどうだ?しつこい男は嫌だってな」

「・・・言ったんですけど」
「あぁ?」


言ったけど、「もう会わないって」。そのせいで何だか大ごとになってきているような気がしてならない。


「お前ら、なんかあったのか?」

叔父さんのいぶかしむような問いがグッと胸に刺さってあの嫌な記憶が頭の隅をかすめる。でもそんなことを言えるはずもなく・・・

「・・今、ちょっとケンカしてて」
「ケンカ?あれがお前と?そりゃ珍しい。あいつはお前のこととなるとネジがぶっ飛ぶから俺もそれは少しやばいと思っていたが。このあたりでスパッと見切りをつけてやれ。じゃねえと、あいつはネチネチと面倒くせえぞ」

叔父さんの言うとおりだ。今ものすごく面倒くさいことになっていて、叔父さんがメールしたことで更に面倒くささがアップしていた。






ピロロピロ〜


「お!返って来たか!」

メールの着信音に敏感に反応した廉治は、鷹耶から何と返事が来たのかと染谷が持つ携帯を覗き込む。

「残念ですが会長、若様からではありません。いえ、残念じゃなくてハッピーです。レイナちゃんからです」
「何!」

叔父さんは携帯を染谷さんの手からぶん取ってニヤニヤしながらメールを読んでいる。

「レ・・?誰それ?」
「レイナちゃんですか。会長がはまりにはまっている19才のキャバ嬢です」
「はう!染谷てめえは余計な事言うんじゃねえよ」

キャバ嬢?・・・・・・・・・言葉は聞いたことがあるがその実態が全く分からない静は首をかしげた。

「あ、19才ってのはオフレコでお願いします。20歳ってことで商売してますから」
「・・・・はあ(何のことだろうか?)」

キャバクラとクラブ。キャバ嬢とホステスの違いも分からない静はそのキャバ嬢というHっぽい響きを聞くだけでなんだか恥ずかしくなってきた。

「キャバクラはですねレベル的にはクラブよりもまあワンランク下と言われますがね。気軽に若い子と話がしたい会長はキャバクラが好きなんですよね」
「うるせえぞ!純真な若者になに下らねえ講義垂れてんだ」
「で、今はキャバクラ“ステラ2”のレイナちゃんにぞっこんで、先週はレイナちゃんとここに来たんですよね」
「もう黙れ染谷、てめえは二度とステラに付いて来んじゃねえぞ」



なるほど。だから叔父さんはここに詳しかったのか。そのキャバ嬢さんと楽しくデートをしたわけだ。



「そうだ。○○のキャラクターのカチューシャ、まだ車の中にありますよ。なんならこの前みたいに頭に付けて静さんと写真撮り直しますか?」
「え!!叔父さんあのカチューシャ着けたの・・・それって・・・恥ずかしい」
「誰がまた付けるか!あれはだな・・・レイナがせがむから仕方なく・・」

ごにょごにょと口ごもるなんて。叔父さんらしくない。ヤクザの会長さんにカチューシャかぶせるなんてそのキャバ嬢さんってそんなにすごいのかな。



「あのさ、叔父さんその人用事があるんじゃない?」
「今日は22時に店に行く約束でしたよね。同伴できなかったからご機嫌斜めかもしれませんよ。きっとまた何か買ってとせがまれますね。あの子おねだりじょうずだから。」
「ち、ちょっと電話してくらあ」

ガタイのいい強面のサングラス男がダッシュで建物の影に消えて行った。





そしてその1時間後・・・
なぜだろう・・・僕は六本木に居た。

ここは『ステラ2』

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あきゅろす。
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