大家より
胸の底には暗い気持が漂いっぱなしだったが、3人の気遣いに少しだけ滅入っていた気分も軽くなった気がした。しかし、1人になるとそれもすぐ元に戻り先行き不安な生活に足取りも重くなった。


面談の事。
鷹耶の事・・・




12月半ばの夕方6時過ぎはもう真っ暗。
あれ以来門限なんて関係なく過ごしている。門限を破ったって文句を言われる筋合いなどない。だから好きなようにやってやるのだ。
あれから1週間経つが、いつやって来るかと怯えていた鷹耶からの接触は全く無かった。仕事が忙しいからだろうか。それともあんなことをして少しは罪悪感を抱いているのだろうか。
でも、鷹耶のあの表情を思い浮かべると罪悪感や後悔を抱くとは容易に思えない。鷹耶は間違いなく楽しんでいた。嫌がる自分に笑いながらあんなことをして。

「もう、寝坊したのも0点も面談も全部あの人のせいだ!」

モヤモヤした気分でアパートに帰りつくと大きな車が階段の前に止まっていた。黒いベンツに嫌な予感がする。一般の人が見たらあんな不穏な車には近寄らず避けて通るだろう。僕だってそうするつもりだ。
知らないふりをして通り過ぎようとすると車のドアが開き、中から出て来た人が話しかけて来た。



「こんばんは。門限は6時と聞いていましたが、こんなに暗くなるまで出歩いているのは感心しませんね」


ニッコリ笑って声をかけて来たのは瀬名さん。7時なんて高校生には普通だってーの。先日、礼も言わずに逃げて来たことに少し後ろめたさを感じていたが、僕は金輪際関わるもんかと心に決めていたので、無視することにして横を通り過ぎようとした。

「・・っ」
「これ、夕食ですか?朝食ですか?」



無視して通り過ぎようとした腕を掴まれて、その手に持つコンビニの袋について問われる。中身はパンとジュース。もちろん夕御飯だ。
僕は夜もパンなの。朝は食べないの。それにそんなこといちいち説明する義務もないの!
不作法だとは思ったが腕をブンと振り払い無視して階段を上がった。追いかけて来る気配がないことにホットし廊下を進むが・・・何だろうこの違和感は。
そして自分の部屋の前にたどり着いたときやっとその違和感に気付き思わず叫んだ。




「はああ!!!な、何これ!」




ガタガタとドアノブを引くが開くはずがない。とういか、何なんだこのドアは!

ドアが変わっている。
古びたアパートがそこだけ新ピカ。
今朝自分がアパートを出た時はクリーム色の角が錆びた鉄製のドアだったのに、目の前にあるドアはグレーで取っ手は黒。しかも鍵穴が無くプッシュ式のボタンが壁にはめ込んであり、おそらくこれがカギになるのだろう。最新式かと見まごうばかりのドアロックがそこにあった。
横を見渡してもどこの部屋も同じようにドアが付け替えられていた。

(何で!何で?ってか、どうやって中に入るんだ・・・ああーーー!!まさか!)




バタバタと走って階段を逆戻り、絶対しゃべるもんかと思っていた人物を目指した。その人はまださっきの場所に立っていた。きっと静が戻ってくることが分かっていたのだろう。

「あ・・あれ、どういうこと!」
「ドアのことですか?」
「他に何があるって言うの!」
「ポストの中をご覧になっていなかったようですね」
「ポスト?」

言われるままに階段下にあるポストに急行し、3ケタある鍵をまわしてロックを解除しポストのふたを開けると、ハガキや宣伝広告がバサリと大量に落ちて来た。しばらく開けていなかったのでいろいろと突っ込まれていたようだったが、その中から『大家より』という封筒を見つけ中を開けて見る。



『先日1階に不審者が侵入し、部屋の中を荒らされたという報告がありました。・・・・』
ここは女性の入居者が多く、何分物騒なのでドアと窓の施工をし直すということが書かれてあった。費用は管理費から出る。そして工事の期日はご本人の都合のよい時と書かれたあるが・・・
封筒を握りしめ急いで瀬名の元へ駆け寄った。



「僕、大家さんに連絡なんてしてませんよ!」
「でしょうね、今お知りになったばかりのようですから」
「じゃ、何でドアが変わってるの!」
「施工は部下が立ち会いましたからご心配なく」
「そう言うことじゃなくて、なんで僕が知らないことをあなた達が・・」
「このアパートは買い取らせていただきました」
「はあ?」



買い取ったって・・・誰が?



「このアパートは1週間前より、ミサカの不動産となっています。ここは防犯上手薄でしたからね。本当は引っ越していただくのが一番なのですが」
「・・・・どういう、ことですか」

「他意はありません。防犯上の措置です。では、上がりましょう」
「は?」

「ドアの暗証番号番号、お教えしますから」

(なんで、あなたに教えられないといけないんだ!)



納得いかないまま背中を押されてまた部屋の前に戻り、6ケタの番号を押されロックが解除された。「番号覚えましたね」と言われたけど・・・

(あとで絶対変えてやる・・・)

「説明書とカードキーは机の上に置かせていただいています。暗証番号の変更の仕方も記載されています」

その言葉に考えを見透かされていた気がしてギョッとして振り返った。

「カードさえあればこの暗証番号はいつでも変更可能です。そして変更できるのは朝川君だけです」
「え?」

「お好きな番号にどうぞ変えてください」

てっきり変えたらいけないと言われると思っていたのでちょっと拍子抜けした。





しかし1週間なんの音沙汰もないと思っていたら、僕の知らないところでこんなことをやっていたなんて。アパートの買収なんてとんでもないことをする。一体いくらかかったのだろう。防犯上とか言っていたけど、まさかこれって僕を監視するつもりなのか?そう思うと怒りを通りこして末恐ろしい・・・


「朝川君。少し時間をいただけませんか。お話したいことがあるんですが」
「僕にはありません。それに、勝手にこんなことされて僕が怒らないとでも思っているんですか」

「これは先程も言いましたが本当に防犯上の意味で設置したに過ぎません。以前からここのセキュリティーに関して社長が危惧していたのはご存知でしょう。渡りに船と言ったところです。御気分を害されたのなら謝ります」
「あなたに謝られたって・・・」

「そうですね。謝るべき人物は他にいると私も思います」



それは鷹耶?



「社長にお会いになってはいただけませんか」
「嫌です」

速攻で言い返した静に、ハーと瀬名はわざと聞かせるようなため息をつく。



「しかし、このままと言うわけにもいかないでしょう」
「何故ですか。別に会う必要なんてないです」
「社長にもう一度機会を与えてほしいのです」

何の機会だ。
またあんな目に遭ったらどうしてくれるんだ。あなたたちが見はって守ってくれるとでもいうのだろか。
そして瀬名は鷹耶のために頭を下げる。高校生の静に・・・

「やめてください。僕はたか・・・海藤さんに会うつもりはありません。だからもう帰ってください」


「・・・・・・・そうですか」


顔を上げた瀬名さんは目を細めて僕を見て・・・笑った。


「うっ・・・・」

柔らかい微笑なんかじゃない。冷たくて暗い笑み。その視線をまともに見ていられず静は目をそむけた。


「また来ます」


冷笑はきっとうわべだけの笑顔。眼鏡の奥に光る眼がとても冷たく感じて背筋がぞっとした。怜悧なその表情が怖くて静は逃げるように部屋に入りドアを閉めた。






窓ガラスも分厚い防犯ガラスに取り換えられている。カーテンの隙間から黒い車が去って行くのを見届けた後、静はすぐに説明書を読み暗証番号を変えた。それだけでは安心できなくて3日に一度くらい頻繁に変えてやろうとも思った。なにせこのアパートの持ち主になったと言う鷹耶だ。変えた途端何らかの方法で調べ上げるかもしれない。

それにしても驚くべきはその予想をはるかに超えた強引さ。
あの人は何もかも持っている。お金、力、人。
それに対して僕は何も持ってない。あの人のすることにただ驚きあたふたすることしかできない。


「もう、ほんと、信じられないよね・・・」


でも絶対言うことなんて聞かないし、あの秘書さんだって来たらまた追い返してやる。絶対負けないもんね!


そう意気込んでから静は大事な事を思い出し、携帯電話を手にした。

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