誘われて
学校からアパートまでは徒歩で20分。急げば15分ほどの通学路。


図書館で借りた”あしながおじさん”の文庫本を読みながら帰っていると携帯電話が鳴った。
ディスプレイの番号は天馬先輩の電話番号だ。


天馬は中学の時の2こ上の先輩だ。

 
入学してすぐに妙な先輩達に手を出されかけたとき、たまたま助けてもらったのがきっかけで、それ以来世話を焼いてくれる。

天馬は札付きの不良だったが、弱い者をいじめたり、金銭を巻き上げたりそんなことはしない。
ただ社会の枠にはまって息苦しい生活をしたくない。好き勝手にやりたい。
そんなふうに学校や社会からはみ出した者達が集まったエンペラーというグループに入っている。 


「もしもし天馬先輩」

「よう!しず姫。今日出てこないか」

いきなりですか!先輩。

天馬先輩と遊ぶのは楽しい。

祖父は優しかったが、礼儀や言葉遣いなど生活態度には随分厳しかった。
少学校から帰ると祖父の道場に行くのが決まり事だったので、友だちともあまり遊んだ記憶がなく、ゲームや漫画などは家にはなかった。
その代わり道場の人たちが毎日空手や合気道をしながら一緒に遊んでくれた。

普通に友だちと遊ぶ経験が少なかった静は、天馬先輩から教えられる遊びが楽しくてたまらなかった。
一緒にゲームをしたり、漫画の回し読みをしたり、もちろんケンカもした。
対抗しているグループとのケンカなんてしょっちゅうだった。

エンペラーの仲間達とただ一緒にいて、くだらない話を夜遅くまですることがこんなに楽しいなんて知らなかった。

夜出歩くことを倫子ははじめ心配したが、倫子自身もワイルドな学生時代を送っていたので、人に迷惑をかけないこと、警察の世話になるようなことは絶対にしないこと、この2つを約束して天馬先輩と遊ぶことを許してくれた。日本に一人残るのも今の生活が楽しいからにほかならない。

でもさすがにエンペラーという不良グループ達も関わっていることは、怒られそうなので内緒にしていた。


「あ〜っとねえ。う〜ん」

「だから、悩むくらいなら来いって。拓也たちのライブが8時からあるんだ。人数たくさんいた方が盛り上がるだろ。来いよ」

拓也はエンペラーに属す天馬と同じ年のケンカ好きな先輩だ。
数人でバンドを組んでいる。

「うん。分かった。ライブはいつもの店?」

「ああ、10分前に店の前で落ち合おうぜ」

そう言って電話を切り、受信記録も削除する。


静は中学校で携帯電話を盗まれたことがあった。
体育の時間誰もいない教室に泥棒が入り、財布や携帯などの貴重品がたくさん盗まれた。
特に携帯は個人情報が悪用されるのではないかと誰もが心配した。

静もメモリには倫子や友人達のアドレスがたくさん入っていたし、一番心配したのは海藤家に関わる番号が入っていたことだ。

修三や鷹耶の携帯の番号、海藤家の電話番号などが外部に漏れるのは良くないことだと思っていた。
結局窃盗犯は捕まらず、個人情報に関するトラブルに遭った者もいなかったので事なきを得た。鷹耶たちも気にするなとは言ってくれたが申し訳なかった。


海藤家は特別な立場にある。
海藤家に少しでも近づきたいと思っている者達には、本家の電話番号や鷹耶個人の番号などはのどから手が出るほどほしい物だ。
それ以来静は携帯には電話番号を入れないようにした。

静の携帯はほぼ受信専用。
自分からかける番号だけ気合いで暗記した。数字に関する自分の記憶力の良さに感心する。一度覚えてしまうとそんなに簡単に忘れない。
日頃から独り言のように番号をぶつぶつ言ったりゴロ合わせで歌ったり、倫子からは「頭大丈夫?」と心配もされたが。

学校と倫子、仲の良い数人の友だち、そして海藤家。だから受信した番号もすぐに消すので記録は全く残らない。
まあ、メールアドレスは仕方がない・・・とここは譲歩してくださいとばかりにメモリにインプットしてある。



アパートに帰ると着替えて宿題を済ます。
洗濯をしてベランダに干した。僕ってまめだな〜。
まだ少し時間があるので冷蔵庫から牛乳パックを出して飲みながら”あしながおじさんの”続きを読んだ。


孤児院で育った少女が資産家の目にとまる。
毎月手紙を書くことを条件に大学進学のための奨学金を受ける。
いろいろな人との出会いで主人公は成長し、その様子を手紙であしながおじさんに知らせる。



なるほど。”進学のための援助”イコール”あしながおじさん”か。

足立の言った意味が少し分かった。

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あきゅろす。
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