鋼の錬金術師(ロイ×エド ※死ネタ)
二つの魂 (ミュンヘン+ロイ)

あの時、僕は後のことを大佐に任せ、鎧に隠れて扉の向こう―ミュンヘンへと来た

その時に無くしていた4年間の記憶も取り戻し、今は兄さんと2人で父さんの家で暮らしている

最初は錬金術が使えなかったりして戸惑ったけど、今ではこの国の暮らしにもだいぶ慣れて、友達もたくさん出来た

兄さんはハイデリヒさんの後を継いでロケットの勉強を本格的に始めたんだ
 
あと、たまにグレイシアさんがアップルパイを焼いて持ってきてくれるんだけど、それが凄く美味しいんだよ

そうそう、グレイシアさんのお腹にはもう子供がいるんだって!

またヒューズさんに自慢話を聞かされるんだろうなぁ…

懐かしくてよく知っている、でもあっちではもう二度と見ることの出来ない光景・・・

今度はもう少しちゃんと聞いてあげようかな、

今の暮らしは毎日が充実していてとても楽しいし、みんな優しくしてくれる

でもやっぱり時々思うんだ、ウィンリィやばっちゃん、司令部の人達はどうしてるだろう?ってーー・・





ゴホッ コホッ――‥



「兄さん大丈夫?風邪?」

時折、痰がからむ様な咳をするエドワードにアルフォンスが心配そうに声を掛ける

「んー、よく分かんねぇけど、なんかちょっと息苦しくてな。でもたいした事ねぇよ」

「駄目だよ兄さん!ちゃんと病院行かなきゃ!分かった?」

「・・・ハイ。」

これじゃあどっちが兄か分かんねぇな、と苦笑するエドワードをよそに、アルフォンスはまだ、まったく兄さんは、とブツブツ言っている
 
もともと病院は苦手なエドワードだったが、最近よく痰が絡むのと、明け方に特に酷くなる息苦しさに少し不安を覚えたのも確かで、アルフォンスの言うとおり素直に病院に足を向けた





家のすぐ側にあるそこそこ大きくてきれいな病院は、中もやはりきれいでエドワードはどこか落ち着かないそぶりを見せた

「エドワードさん、エドワード・エルリックさん、診察室へどうぞ」



ガチャッ――‥



看護師に案内されるままエドワードは診察室のドアを開けたのだが、中にいた人物を見て思わず顔が引き攣った

「げっ!大佐!?」
 
エドワードの第一声に目の前の白衣の男が眉を顰める

「人の顔を見て「げっ!」とは何だ。それに私は"タイサ"ではなくロイ・ヒューストンという医者だ。第一、君とは初対面のはずだが?エドワード」

名前を呼ばれた瞬間、ドキッと心臓が跳ねた

(ああ、そっか・・・ここには魂が同じ別人がいるんだっけ)

大佐は俺のこと、名前で呼んだりしない

コイツは魂が同じなだけの別人なんだ

(ってか、何で俺コイツに名前呼ばれただけでこんなにドキドキしてんだろ・・・)
 
「ああ、えっと、悪かったよ先生。知り合いによく似てたからさ」

「そうか。それで今日はどうしたのかね?」

「うん、何か最近ちょっと息が苦しくてさ、明け方になると特に酷くなるんだ」

ロイが聴診器を当てて胸の音を聞く

「ふむ、おそらく喘息だね。とりあえず吸入をして様子を見てみよう」

「ぜんそく?」

エドワードがキョトンと首を傾げる

「ああ、気道が収縮するとヒューヒューと風が通るような音がするんだが、吸入と薬を服用すればだいぶ治まるはずだ。後は水分をよく取ることか」

カルテに何かを書きながらロイは奥にいる看護師を呼んだ

「タリア君、この子を」

ロイがそう言うと診察室の奥からエドワードの見知った顔が出てきた

「中尉!?・・・じゃ、ないんだっけ」

エドワードは見知った顔に会ってしまうとつい反応をしてしまう自分に苦笑した

「リザ・タリア君だ。私の助手をしている。後のことは彼女に従ってくれ」

ロイの隣で指示を聞くリザの姿は、エドワードにとって見慣れたものであり、何だか司令部にいるような気分になった





「エドワード君、こっちに来てもらえるかしら?」

リザに連れてこられた部屋はエドワードの一番嫌いな場所だった

消毒の匂いと注射器にエドワードは思わず後ずさる

「あのさ、やっぱ注射しなきゃダメ・・・?」

「はい」

「いや、でもさ、もう全然何とも無いし」

「駄目です」

「あっ、俺トイレに・・・」

「エドワード君?」

「・・・・・・ワカリマシタ」

正直、逃げ出したい衝動に駆られたが、結局リザが怖くて出来なかった

注射が終わると、そのまま部屋の隅にある吸入器の前に座らされ、長いチューブを口に当てているよう言われた

「ゴホッ、ゴホッ!・・・なぁコレすげぇ煙いんだけど」

モコモコと煙が出ている吸入器を口元に当てているエドワードが涙目で呟いた

「しっかりやって頂戴ね」

リザが見せた氷の微笑みにエドワードは背筋がゾクッとするのを感じた





吸入を終えたエドワードは再び診察室でロイの診察を受けていた

「どうだ、少しは楽になっただろう?」

「そういえば、さっきよりは楽になったかも・・・」

「うーん、でもまだ音が出ているな・・・熱を測ってごらん」

手渡された体温計で熱を計ると38度近くなっていて、エドワードはどうりで熱い訳だ、と納得する

「ふむ、熱もあることだし君には1、2週間程入院してもらおうか」

「なっ!何で俺が入院しなきゃなんねぇんだよ」

焦って聞き返すエドワードにロイは真面目な顔で告げる

「このままじゃ、いつ喘息の発作が起きてもおかしくない。それに熱も高い今の状態じゃ肺炎も併発しかねない。苦しいのは君なんだよ?医者として私は君をこのまま家へ返す訳にはいかない」

「はぁ、分かったよ・・・入院、すりゃいいんだろ」

エドワードがそう言うとロイはああ、と言って柔らかく微笑んだ

その微笑みにエドワードは自分の鼓動が速くなるのを感じた

それと同時に少しばかりの寂しさも・・・

エドワードの知っているロイはそんな風に笑う人ではなかったからーー・・





「では、受付でこの紙を渡しなさい。後はそこの人がやってくれるからそれに従ってくれ」

そう言ってロイはエドワードに2、3枚の紙を手渡した

「分かった。じゃあな、先生。あんまサボるなよ?」

そう言い残して出ていったエドワードにロイは思わず側にいたリザの方を向いた

「アレに私のサボり癖のことを話したのかね?」

「いえ、話してませんが」

2人は不思議そうな顔をして、互いの顔を見合わせた





一方エドワードは入院をすることになったことをアルフォンスに知らせるため電話をかけていた

「あー、もしもしアル?あのさ、俺今日から少しの間入院することになったから」

「えっ!兄さん入院ってどういう事!?もしかしてそんなに悪いの?手術したりとか?ああどうしよう・・・僕側にいたのに何も気付かなくて・・・」

半泣きのアルフォンスの声に今度はエドワードが慌てる

「ちょっ、アル落ち着けって!別にそんな悪いわけじゃねぇから。ただの喘息。ちょっと熱あるから医者が用心の為に入院させただけだって」

そうだったんだ、とひとまず安心した様子のアルフォンスの声にエドワードはああ、と返事をする

「んで、悪いけど入院するのに必要なもん持って来てくれないか?」

「うん、分かった」







「あー、退屈だ」


エドワードは自分に宛てがわれた個室のベッドに横になっていた


特にすることもなく、アルフォンスもまだ来ないのでエドワードはとにかく暇だった


コンコン――‥


ノックの後に入ってきたのはロイだ


「何か用かよ」


「気分はどうだい?」


そう聞きながらロイは聴診器をエドワードの胸に当てる


「…」


「コラ、息を止めるのはやめなさい。全く、君は子供みたいだな」


その言葉にムッとしながらも、エドワードにはやはりロイとの会話は楽しいものだった







コンコン――‥


ロイとエドワードが話していると扉をノックする音と、「兄さーん」とエドワードを呼ぶアルフォンスの声が聞こえた


ガチャッ――‥


「大佐!?」


扉を開けて開口一番にアルフォンスが発した言葉はそれだった


ロイはまたか、と半ば呆れ顔になり、エドワードは「中尉もいるぞー」と笑っていた
 
 
「私はロイ・ヒューストン、エドワードの主治医だ。にしても君達は何と言うか…私はそんなにその“タイサ”という人に似ているのかね?彼なんか私の顔を見た途端「ゲッ!大佐」と物凄く嫌そうな顔をしたが…」


それを聞いて、アルフォンスは簡単にその時のエドワードの表情を思い浮かべる事ができ、思わず苦笑する


「じゃあ兄さん、僕は帰るから大…じゃなかった、先生の言うことちゃんと聞くんだよ」


「分かってるって」


入院に必要な荷物を整理し終えたアルフォンスがエドワードに言うのを聞いて、弟いうよりむしろ母親だなとロイは内心思った







入院生活というのはやはり退屈なもので、面会時間以外は専ら本を読むか、診察と称してサボりに来るロイと談笑するかだった


この日もロイはエドワードの病室にやってきた


「あんた、またサボりかよ、いい加減にしねぇと怖ーい助手に叱られるぞ?」


そう言いながらもロイが来るのを心待ちにしている自分がいた


「君が退屈しているのではないかと思ってね。これでも仕事は真面目にやっているつもりだよ?ただ何故かいつも彼女には叱られているがねゞ」


「それって真面目って言わないんじゃ…」


ロイの台詞に思わずエドワードは呟いた
 
 
「じゃあ私はそろそろ仕事に戻るとするよ」


そう言って2、3歩進んだロイの身体が突然傾いた


フラッ――‥


「ロイ!!」


「…っ…大丈夫、少し目眩がしただけだ…それより初めて名前で呼んでくれたね」


「///…あ、あれは咄嗟に…その…」
 
 
ロイがエドワードの顔を覗き込んで柔らかく微笑むと、恥ずかしくなったのか途端に顔を赤くして口ごもる


「それより本当に大丈夫なのかよ?なんだったらここで少し休んでけよ」


「…ああ、じゃあ、お言葉に甘えて少し休ませて貰うよ」


そう言ってロイは白衣を脱いでソファーに横になった


「30分したら起こしてくれ…」


小さく呟いたかと思うとロイはすぐにすやすやと寝息を立て始めた


「やっぱ疲れてんのな…」


エドワードの記憶の中の男も、ギリギリまで無茶をして倒れるタイプだった


「魂は同じってか?大佐今頃どうしてるかなー」


目の前の男と大佐がダブって見えた


その漆黒の黒髪に手を伸ばして触ると、指通りの良いサラサラとした髪だった


「ん…」


ロイが身じろぎして目を開けた


「あっ、悪い起こしちまったか?」


「いや、今何時だ?」
 
 
「1時35分だけど」


「そうか、ありがとう少し寝たらだいぶ楽になったよ」


「もう行くのかよ?」


立ち上がり白衣を着ているロイの背中にエドワードが心配そうに声を掛ける


「2時から診察が入っているのでね」


「あんま無理すんなよ」


エドワードの言葉にロイは振り返ってああ、と返事をして部屋を出て行った











その日の夜、エドワードはなかなか眠れずトイレに立った


何の気無しにナースステーションを覗いてみるとロイが一人で机にファイルを並べて仕事をしているのが見えた


「よっ!」


「エドワード?どうした、眠れないのか?」


「ん、まぁね。アンタは?こんな時間まで仕事?」


「私は当直だ。眠れないならホットミルクでも飲むか?」


「俺、牛乳嫌い。アンタと同じ物でいい」


エドワードがロイのコップを指差して言う


「これはコーヒーだぞ?余計眠れなくなるだろう」


「いいんだよ、アンタが寝ないように見張るんだから」


そのセリフにロイは驚きながらも嬉しそうに微笑んだ
 
 
「そういえば君やアルフォンス君が言う“タイサ”とはどんな人なんだい?」


「すげぇ嫌味でスカした奴!」


ロイの質問にエドワードは即答した


そして暫く考えた後、ポツリと話し出した


何故かロイには、自分がいた世界の事を知っていてほしかった


「こんな話信じられないだろうけどさ、俺とアルはこの世界の人間じゃないんだ」


「それはどういう意味だい?」


ロイはエドワードの言っている意味が分からず、思わず聞き返した


「この世界とは別のもう一つの世界があるんだ。その世界にはアメストリスっていう大国があって、錬金術が発達してる。俺とアルはそのアメストリス東部にあるリゼンブールって村で育ったんだ」


エドワードは昔を思い出してるのか、懐かしそうに目を細めて遠くを見つめていた


「俺達が小さい頃に親父が出てって、母さんも病気で死んだ。そして俺達は母さんを蘇らせる為に人体錬成という禁忌を犯した。代償として俺は足を、アルは身体を失い、出来たモノは人ですらなかった…」


そう言いながらエドワードは痛むのか腕の付け根をさする
 
 
「俺は右手と引き換えに、何とかアルの魂を鎧に定着させることに成功したけど、その時の傷とショックで生きる気力も無く廃人同然の生活を送ってた…そんな時アイツが来たんだ」


ロイはエドワードの瞳が一瞬揺らいだのを見た


「皆が同情や哀れみの目で見る中、アイツだけは真正面から俺を怒鳴りつけた。そして進む道を示してくれた…」


そしてエドワードはロイを真っ直ぐ見ると微笑んだ


「ロイ・マスタング。アンタと同じ魂を持ったそいつに俺は助けられた」


その時のエドワードの表情はロイが一瞬見とれるくらいに美しかった
 
 
「まぁ、大佐には色々と世話になったり、迷惑掛けたからな…感謝はしてる」


照れくさそうに話すエドワードはもういつも通りの表情だった


それからエドワードはロイに旅のこと、賢者の石のこと、ホムンクルスのことなどを話し始めた


「あっ、そうだ!一回俺のこと“鋼の”って呼んでみて?」


エドワードが思い付いたように言ったので、ロイは出来る限りの優しい声でそっと名前を呼んだ


「鋼の」
 
 
「…っ」


ポロッ――‥


エドワードの目から一筋の涙が頬を伝った


「…ッ…ごめん、俺…何でだろ」


大佐と同じ顔と声で優しく呼ぶから――‥


無意識に涙が零れた
 
 
「!?」


手で涙を拭って謝ると、きつくロイに抱きしめられた


「辛かっただろう…」


もう限界だった


抑えてたものが関を切ったように溢れ出してきて、俺はロイの腕の中で泣いた


「気が済むまで泣けばいい」


そう言ってロイは泣いている俺の背中を優しく撫でてくれた







俺はそのまま眠っちまったみたいで、気が付いたらベッドの上にいた


ロイに礼を言おうとナースステーションに行ったけど、看護婦さんに「先生なら先程帰られましたよ」と言われたので、諦めて部屋に戻ることにした


ガチャッ――‥


「!!…何でアンタが俺の部屋にいるんだよ、」


「君のことが気になってね、もう大丈夫かい?」


「あっ、ああ…その…昨日は…あり…がと」


エドワードが恥ずかしそうに俯いて礼を言うと、ロイは優しく笑った


「そういえばアンタ、俺の話本当に信じてるのかよ?」


それはもっともな疑問だった


ロイだから、と全てを話したが普通で考えればこんな突飛な話を信じろというほうが無理な話だ


「ああ、信じてるよ」


対してロイは即答だった


「何で?だってこんな話、普通じゃ信じらんねぇだろ」


「君だから…ではダメかな?」


真剣な瞳で真っ直ぐ見つめてくるロイを、俺は不覚にも“格好良い”と思ってしまった


(…やっぱコイツも天性のタラシだ///)


「っ…ゴホッ、ゴホッ」


ロイの咳にエドワードの思考は一気に現実に引き戻される


「どうした?風邪か?」


「いや、ちょっとね…ゴホッ、コホッ」


「大丈夫か?誰か呼んだ方が…」


尚も苦しそうに咳込むロイの背中を摩りながら、エドワードは心配そうにロイを覗き込む


「…大丈夫だ…ッ…コホッ」


そう言いながらポケットから何かの薬を取り出して飲んだ


少し落ち着いたのか、ロイは一つ大きく息を吐く


俺はロイが飲んだ薬を見て愕然とした



俺はその薬を知ってる



だってそれは…その薬は





ハイデリヒが飲んでいたから――‥





だったらコイツはもう…


「その薬…」


「ああ、ただの咳止めだよ」


俺の問い掛けに笑って答えるロイに腹が立った


「ッ…嘘つくな!!」


エドワードの怒鳴り声に驚いたロイだったが、エドワードの泣きそうな表情を見て困ったように笑った


「まさか君がこの薬を知っていたとはねゞ」


「何で…何でそんな状態になってまで医者続けてんだよ…入院して治療すれば今からでも…」


「それは出来ない。私は医者なんだ。病気で苦しんでる人を少しでも多く助けたい、最後まで医者であり続けたいんだよ」


ロイの目を見たエドワードはそこにある決意を感じ取り、それ以上何も言えなかった


「…分かった。でも無理はするな、それと辛かったからここに来てちゃんと休め。分かったな?」


エドワードの言葉にロイは「ああ、分かった」と答えて穏やかに微笑んだ


それからのロイは2日に1回はエドワードの部屋に休みに来るようになった


「君の側にいると安心して休めるんだ」というロイの言葉も満更嫌ではない自分がいた







この日、俺はいつもみたいにベッドの上に座って本を読んでいた


そしたらいきなり病室のドアが開いて、顔面蒼白のロイが倒れ込むようにして入って来た


俺は慌てて今にも倒れそうなロイの身体を支えた


「っ大丈夫かよ!?顔色真っ青じゃねぇか」


「さっき、結構な量の血を吐いたからねゞ」


少し休ませてもらおうかと思って、と苦笑するロイ


エドワードはロイを自分のベッドに寝かせ、濡らしたタオルを額に乗せた


「ん…」


「疲れただろ、少し休め」


うっすらと目を開けたロイに優しく言うと、ロイは素直に目をつぶった


俺はそんな状態になっても尚、医者を続けたいというロイの支えに少しでもなってやりたいと思った――‥







数日後にエドワードの部屋を訪れたロイは顔色も良く、体調も良さそうだった


「またサボりかよ」


「いや、今日はちゃんと君の診察に来たんだよ」


ロイがエドワードの胸に聴診器を当てる


「うん、喘息も治まっているみたいだし、これなら明日にでも退院できるだろう」


「なっ!でも…」


突然のロイの言葉にエドワードは驚いた


エドワードの言いたいことに気付いたロイが目を細めた


「確かに君がいてくれたおかげで私はとても助けられた。でも元気な患者をいつまでも入院させておくわけにはいかないんだ」


分かるだろう?とロイが諭すように言う


俺は複雑な気分だった


ロイの言っていることは分かる


入院生活は酷く退屈だったし、俺も最初は早く退院したいと思ってた


でもいつの間にかロイが側にいることが当たり前になってた…


自惚れかもしんないけどさ、ロイにとっても俺はただの患者なんかじゃなかったと思う


ロイが言ったように、俺がロイの心安らぐ場所なら側にいてやりたいと思う


でもこれは俺の我が儘かな…?


「うん…分かった」


エドワードの返事にロイは微笑んだだけだった







翌日、エドワードが退院の準備をしているとロイが入って来た


「退院おめでとう」


「ああ、サンキュー」


「帰りに外来で薬を貰っていってくれ。それと、こまめに水分を取ること。それから…」


「あーもう、分かってるって!」


エドワードがうんざりした口調でため息混じりに言うのを見てロイが笑った


それにつられてエドワードも笑う
 
 
「君とこうして笑い合うことももう出来なくなるのか…」


寂しそうにロイが呟く


「んな顔すんなって、また顔見に来てやるからさ」


「それは困るな」



ロイが真面目な口調で言った


「え、何で?俺に会いたくない?」


ロイのセリフに思わずキョトンとして聞き返す


「そうではない。君が私のところに来るということは病気になった時だ。だからそれは困ると言ったんだ。君には元気でいてもらいたいからな」


ロイの言葉を聞いて、エドワードはそっか、と笑った


プライドの高いアンタの事だ、きっと俺に弱っていく姿を見られたく無いんだろう


アンタは俺に助けられたって言ったけど、俺の方こそあの時アンタが話を聞いてくれて…俺の泣く場所になってくれてどれだけ救われたか分かんねぇ


本当、あっちの世界でもこっちの世界でも“ロイ”には助けられてばっかだな


ありがとう――‥
 
 
「では、元気でな」


ロイがエドワードに左手を差し出す


「うん。アンタもあんま無理すんなよ」


もしかしたら、これが最後になるかもしれない…


俺は“ありがとう”と“さようなら”の意味を込めてロイの手をしっかりと握り返した










退院してから1ヶ月ぐらいたったけど、あれから俺は一度もロイに会ってない


正直言うと会うのが怖かったのも少しある


そんな時、家に一本の電話がかかってきた


「もしもし、エドワード君?私リザだけど覚えてるかしら」


それはロイの助手のリザからの電話だった


俺は悪い予感がして受話器を強く握りしめた


エドワードの予感は的中し、リザからの電話の内容は、ロイが倒れて危険な状態だからすぐ病院まで来てもらえないか、というものだった


エドワードが直ぐさま病院に駆け付けると、リザが出迎えてくれた


「ロイは!?大丈夫なのか!?」


「エドワード君、来てくれてありがとう。先生は今病室で眠っているわ。ただ…」


言葉を濁すリザに、エドワードはロイがそう長くないことを悟った


ロイの部屋に案内されたエドワードはベッドに横たわるロイを見て悲しげな表情になる


「ロイ…」


ロイの手を握りながらポツリと呟いたエドワードの声にロイがうっすらと目を開けた


「…っ…エドワード?なぜここに…」


「リザさんが連絡くれたんだ」


そうか、と弱々しく笑うロイに胸が苦しくなった
 
 
「エドワード…ありがとう…君がいてくれたおかげで、私は医者であり続けることができた…」


「俺は何もしちゃいない、アンタが頑張ったからだ」


エドワードの言葉にロイは首を振る


「君と初めて会った時、どこか懐かしい感じがした…もしかすると私の魂が君を知っていたのかもしれないな…」


その言葉にエドワードはドキッとした


「正直…君の事は少なからず好意的に見ていたよ、そして君の抱える悲しみを少しでも和らげてやりたいと思った…ハァハァ…けれど助けられたのは、私の方だった、ようだ…っ」


ロイはそこで言葉を切った
 
 
息が苦しいのだろう、胸が大きく上下に動いている


エドワードが慌てて酸素マスクを付けようとするが、ロイがそれを拒む


「エド、ワード……ハァハァ…今ま…で……あり…が…とう――」


それと同時に握っていた手が力無くスルリと抜けた


エドワードはその場から動く事も出来ず、ただ呆然と座っていた







†††
一方、アメストリス東部――



「くっ…ここまでか」


周囲を敵に囲まれ、逃げ場が無いことを悟ると、ロイは死を覚悟して手袋を嵌めた右手をパチンと鳴らした


辺りは一瞬で焔の海と化し、敵もロイ自信も高温の焔に包まれた


「あなたはまだ死んではいけない…彼が悲しむ」


薄れゆく意識の中でロイは誰かの声を耳にした


†††







病室でロイの死を目の当たりにしたエドワードは半ば放心状態で、リザから連絡を受けて迎えに来たアルフォンスが連れて帰った


「兄さん、少し寝た方がいい」


アルフォンスはベッドまで連れてくるとそう言い、強引にエドワードを寝かしつけた
 
 
俺はまだロイの死を目にして頭が混乱してた


悲しいはずなのに何故か涙は出てこなくて…


母さんが死んだ時のことやニーナが死んだ時のことなんかが頭の中をぐるぐる回ってる


いつだって俺は無力で、目の前で消えていく命をただ見ているしか出来ない


やり場の無い悲しみと悔しさが内混ぜになって俺の中を駆け巡ってた


こんな状態で眠れるはず無い、と思ってたのに俺はいつの間にか眠りに落ちていた







気が付くと周りは真っ暗で、俺は何も無い空間にポツンと立っていた


少し先に誰かが後ろを向いて立っているのが見える


俺はその後ろ姿を知っていた…


「っロイ!!」


俺が大声で叫ぶとそいつは振り返って一瞬驚いたような顔をした後、口の端を持ち上げてニヤリと言った


「君はいつから私のことを名前で呼ぶようになったのかね?鋼の」


そいつはロイ・マスタング、その人だった
 
 
「大…佐?」


俺が大佐、と呼ぶと何故か急に抱きしめられた


「何故泣いている」


言われて初めて自分が泣いていることに気付いた


ロイが死んだときは悲しくても涙なんか出てこなかったのに


大佐にこんな格好悪い姿見られたくないと思っているのに、溢れてくる涙を自分では止めることが出来なくて…


大佐はそんな俺を黙って抱きしめててくれた


「ごめん…いきなり」


少し落ち着いたので顔を上げると、大佐が優しい目で俺を見ていた


俺は、そういえばコイツに優しくされるのって初めてだな、とか考えながら大佐にこっちの世界でのことを話し始めた


「俺のいる世界は錬金術の代わりに科学が発達してるんだ。ちなみに、そっちの世界で錬金術が使えるのは、こっちで死んだ人の魂が錬金術のエネルギーになるからなんだぜ?」


エドワードの話をロイは興味深そうに聞いている


「こっちにもそっちの世界と同じ魂を持った別人なんかがいたりして…。俺は少し前に病院でロイ・ヒューストンって医者に会った。そいつは言うまでもなくアンタと同じ魂を持ったヤツなんだけど」


そこでエドワードは一旦言葉を切って辛そうに続けた


「実はそいつ病気でさ、なのに自分は最期まで医者であり続けたいって入院も治療も拒んだ…それで今日……」


俺ははっきり“死んだ”とは口に出来なかったが、大佐には伝わったみたいだった


「ロイは最期に俺に“ありがとう”って言ったんだ。『君のおかげで医者であり続けることが出来た』って…俺、何にもしてないのに…いつだって俺は無力で…」


「鋼の」


ずっと黙っていたロイが口を開く


「そいつは君に“ありがとう”と言ったんだろう?だったらそいつは後悔はしていないんじゃないか?君にそんな風に自分を責めてほしくは無いだろう。そいつは最期にどんな表情をしていた?」


そう言われたエドワードは改めて思い返してみる
 
 
「…笑ってた」


「なら、分かるだろう?」


「うん…」


ロイの言葉にエドワードは頷いた


エドワードの心は未だに悲しみの中にあったが、少なくても自分を責めるような感情は無くなっていた


(ああ…大佐はいつもこうやって叱ったり諭したりして、俺を導いてくれたんだ…)







「だが、これで納得がいったな」


「?」


突然のロイの呟きに、意味が分からず疑問符を浮かべるエドワード


「実は、今日の任務中に四方を敵に囲まれてどうにもならなくなってね…敵にやられるぐらいなら、と死を覚悟して焔を錬成した」


「なっ!?」


エドワードが驚いて声を上げようとするのをロイが無言で制す


「だが、その時声が聞こえた。『あなたはまだ死んではいけない…彼が悲しむ』とね、そして私は奇跡的にほとんど無傷で助け出された」


「それって…」


「ああ、きっとそいつが助けてくれたんだろうな」


それを聞いたエドワードはそっか、と笑って一粒の涙を零した


「大佐、ありがとな!今日アンタ会えてよかった」


そう言ってニカッと笑ったエドワードを見て、ロイもふっと笑みを零す


「もう大丈夫そうだな、やはり君には笑顔が似合う」


「ああ、アンタも簡単に諦めたりすんなよ?折角ロイが助けた命なんだ。俺もこっちの世界で頑張るから、アンタも絶対大総統になれ!約束だ!!」


そう言ってエドワードは拳を突き出した


「ああ、約束しよう」


ロイもそれに応えるように自らの拳をコツン、と当てた







「ん…。夢、か…」


眠りから覚めたエドワードは外を眺め呟く


しかしその顔には昨日までの暗い影は無く、何かが吹っ切れたような表情だった


ロイ、大佐、ありがとな――‥


俺、もう後ろを振り返らない


“今”を見据えてしっかり歩いていく


アンタ達2人がくれたものは、俺の中にちゃんと残ってるから――‥







            fin.




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あきゅろす。
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