土方部屋
月光(近藤×土方)
「勝っちゃんいい月だぜ。ちょいと一杯やらねえか?」
土方が口元にお猪口を運ぶ仕草を見せる。
「ああ。月をみながらか。風流だな」
真昼の猛暑とはうってかわって涼しい風が頬にあたる。
土方は縁側に投げ出した足をブラブラさせながらそんな風を楽しんでいた。
満月であった。
いつもより明るい青い光。
月光が土方の横顔を照らす。
昼間の土方もいい男だが、夜の光は土方をなおいっそう妖艶に輝かせてみせた。
その妖艶な白い面がこちらを振り返る。
そしてゆったりと微笑んだ。
あ・・・
それは夜にしか咲かない月光花。
艶やかな美しさ。
近藤は長年見ているはずの幼馴染の横顔に見蕩れてしまっていた。
「ん?どうした?」
呆けた表情に不審がられ、近藤は杯を口に持っていく。
「いや、月が綺麗だな」
「ああ本当に・・・」
土方が空を見上げる。
目元がほんのりと赤く染まっているのは酒のせいだろうか。
後れ毛がさやと風に揺れた。
その白い指がそっと天を指す。
「なあ京でも多摩でも月は同じだな」
「ああ・・・」
近藤はその白い指に手を伸ばす。
「・・・かっちゃん・・・?」
その白い手から赤黒い血が滴り落ちる幻影が浮かんだ。
近藤は両手でその白い手を包み込む。
粛清の血、この美しい男はこれからもこの白い手を血に染めていくのだろう。
それはいったい誰のためだというのか。
近藤の胸が熱くなる。
握りしめたこの白い手が愛しい。
近藤はギュッとその手を引き寄せる。
「あ・・・」
土方の体勢が崩れ杯から酒が零れ袂を濡らす。
「歳!」
近藤はその胸に友を抱く。
近藤の胸にいだかれて土方はその胸を躍らせていた。
あたたかい逞しい胸。
そして近藤の匂い。
胸の中にあたたかいものが満ちてくる。
ドキンドキン
心臓の音が響く。
土方の心が今こんなにも近藤を欲していた。
近藤の匂いを胸いっぱいにかぎながら小娘のように心を震わせて。
このまま時が止まってくれればどんなにか幸せだろうか。
だが―――――
恐る恐る顔をあげ近藤の顔を見る。
そこにあったのはあたたかい慈愛に満ちた表情。
だが―――――
だがその瞳に欲情の色はない!その愛は友愛。
土方は小さく身じろぐ。
そして欲して止まない自分の心を抑え、このままでは離れがたくなってしまいそうなそのあたたかさから逃れる。
「濡れちまったじゃねえか」
酒に濡れた袂を広げておどけてみせる。
「あ、すまねえ」
近藤に気づかれてはならないのだ。
この胸の奥に澱む欲情を。
「ったくかっちゃんはガサツだなぁ。そんなことじゃ女はついてこないぜ」
近藤が島原に通っているのにはうすうす気がついていた。
「そうだな。歳は昔から女にゃ不自由してなかったな」
近藤が言うとおり土方のその容貌に擦り寄る女は数知れない。
だがそのどれもに愛を感じることはできなかった。
欲望処理に抱くだけの存在。
「そりゃあ俺は女に優しいからな」
いや違う。
興味がないから優しく装うことができたのだ。
「そうか・・・優しくか・・・」
生真面目にそっと呟く近藤が愛しかった。
「かっちゃん、俺がついてってやろうか?」
土方の言葉に近藤が慌てて首を振る。
「と、とんでもない。歳なんて連れて行ってみろ。女はみんなおまえに見蕩れてこの鬼瓦のような顔なんて見向きもしてくれなくなっちまう」
「そんなことはないぜ。だってかっちゃんは今や新撰組局長・近藤勇さまだもんな。女たちもよりどりみどりだろうに」
その瞬間、近藤の表情が緩んだのを土方は見逃さない。
「・・・ま、まさか。そんなことはない」
いや先ほどの表情はまんざらでもなかった。
「第一、壬生浪なんぞ京では嫌われ者じゃねえか」
そう口では言ってはいてもその目が裏切っている。
「そうだろ?歳」
「・・・・・ああ・・・・そうだな」
そうなのか―――――
月の光が心に染み入る。
光と共に闇までもが染み入ってくる。
満月は美しくも哀しい。
その青白い光を浴びながら土方は吾が身を呪う。
なぜ近藤を行かせてしまうのだ。
なぜ近藤に縋ろうとはしないのか。
島原に出かけるであろう近藤を止めることはできなかった。
月光の中ただ一人たたずむ・・・・・
片翼飛行
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