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平穏最後の日(完結)
17



警戒していたものの特に目立った動きも無く、本山の退院の日を迎えた。
最近は力の差を感じているのか力を温存させているのか、近藤組の動きも感じられない。そもそも数か月前の抗争で失ったものは、半ばやけになったように突進してきた近藤組の方が多いはずだ。


紫堂会本邸、紫堂会を始め東条組や大城組の幹部も集まって新しく自分たちの長になる本山を出迎えた。

「「お疲れ様です!」」

「ああ、久しぶりだな」

幹部たちの列の奥で、堂たちとともに遼介も並ぶ。
列の中には東条組幹部としての久遠の顔もあり、遼介は不思議な面持ちで立っていた。
また遼介の横に立つ恭介は、父の晴れ姿の中、久遠と遼介という出来れば会わせたくない二人に複雑な気持ちだった。

遼介の意志であの事務所に行っており危害を加えられない状況では、恭介としても止めることが出来ずにもやもやとした気分が治らないままだ。
過保護なことは重々承知であるし、自身の今回の出世で己の身の回りのことも変わってくることは目に見えている。
それでもなお、弟の傍にいてやりたいと思ってしまうのだ。

まずは紫堂に移ったことで、それにあやかろうと寄ってくる女どもをどうにかすることから始めなければならないだろうことを思うと、ため息が出るのを止めることが出来なかった。
女に興味が無いわけではないが、結婚し子どもを成すことに抵抗があった。
幸いにも長男でなければここを継ぐことが出来ないなどの決まりは無いので、今のところ安心して独身を通している。

いつか結婚することがあるのかもしれないが、それまでは自由にさせてもらおうと恭介は父を見つめた。

「はっシケた面だな」
「親父も入院して体なまっちまったんじゃねえの」
「恭兄何言ってんだよお祝いの場なのに」

珍しく突っかかるような言い方に、遼介が横にいる兄の脇腹を肘でつん、と小突く。

「だよな遼介。お父さんと一緒に中入ろうか」
「ん、さっき皆で食事の準備したから中でのこと終わったらすぐ食べられるよ」
「そーかそーか。おい美弥行くぞ、オヤジも中入ってください」
「はいはい」

その列に入る前に恭介は振り向きぞろぞろと中へ向かう幹部たちを眺める。
その中に久遠を確認したが話し掛けることはせず踵を返すと、近くにいたらしい才川に声を掛けられる。


「若」

「才川か」

「前に俺が見た久遠のお気に入りって坊ちゃんのことだったんだな」
「ああ、どっかで見た気がするって言ってたやつか。昔お前家で一回遼に会ってるはずだから」

才川はちらりと久遠に視線を流しながら「大丈夫か?」と小声で話す。

才川の心配は分かっている。最近はすっかり大人しくなったが、異常なまでに痛めつける仕事振りと派手な女遊びに理解しがたい性癖と、悪い噂ばかり付きまとう久遠の傍にいていいものかということだ。
ただ、その容赦ない仕事振りのおかげで上手くいったことも多く、この世界では有利な性癖と言えないこともないが。

「俺だって心配だ。だが、園川の話では遼と知り合ってから女のところにも行かず部下に手を出すこともしなくなったらしい。良いストッパーになってるようだ、不本意だがな」
「それに」と恭介は話を続ける。

「遼自身が久遠を良い人だと信じて疑っていない。つまり暴力や無理強いはされてないってことだ。だから遼が望んでいる間は手出せねえんだよ、遠ざける理由がねえ」


「行くぞ」と先を行く恭介を眺めながら、才川は先ほどの遼介の様子を思い出す。
東条の事務所で会った時も思ったが、極道とはかけ離れた雰囲気の子どもだった。久遠と出会ってもその資質を保っているのなら、いや、むしろそれを周りに伝染させる程らしいから、もしかしたらそんな人物もここでは必要なのかもしれない。

しかしここだからこそ、中にはあの少年を妬む者も出てくるだろう。綺麗事だけでは済まされない世界で、あの心が澱まないことを祈るばかりだ。




全員が中に入り跡目相続の盃事も無事執り行われた。
これを以て、堂が隠居の後見役として紫堂会に関わることになり、謙介は堂謙介と改め紫堂会会長となった。

「やっと隠居よ、これでただのじじとして遼介と遊びに行かれるの」
「オヤジ冗談止めてください、まだまだここには必要なんですから」

今は和やかな食事会中、各々楽し気に話をしている。しかし、年齢も上ばかり、顔も体躯も一目でそれと分かる者ばかりであるので、和やかに見えているかは定かではない。
遼介は周りの目を掻い潜って隅で飲む久遠のところまで足を進める。


「久遠さん、先週はすみませんでした」
「あ?本山の野郎のか?別に構やしねぇよ」
ぽんぽんと遼介の頭を叩く、それを見た周りの男たちは信じられないものを見たような顔で騒めきだした。


「み、見たか今の……あの鬼のような野郎が微笑んだだと……!」
「不吉な……っ」



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