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平穏最後の日(完結)
9



ここにいる者たちに比べれば体格は劣るものの、年齢から考えると広く大きく感じとてつもない存在感がある。
その様子に見入っていると、遼介にす、と視線を合わせてきたため緊張して自然と背筋が伸びてしまう。


「堂光春だ、お前が遼介か」

声を掛けられただけなのに、威圧されている気分になる。
仕事向きのそれであろうが年齢を重ねてなおこの空気を作り出せるとは、さすがは関東で最大規模の団体の長だ。


「はい、初めましてお祖父……様」

「やけに他人行儀だの。好きなように呼んでくれていいぞ」

そんな風に言ってもらえると予想していなかったので思わず横にいる兄を見上げて助けを乞えば、恭介は笑って頭を撫でてきた。
この人は義理の祖父でここで一番偉い人だ。どう足掻いても近くにいられないと思っているのに、いとも簡単にここの人たちはその壁を優しく取り除いてくれる。
涙が出そうだった。

感情が溢れそうになるのを寸でで止めて、一つ深呼吸をしてから堂を見つめて言った。


「じゃあ、お、お祖父ちゃん……」



きゅんっ。






この空間にいた遼介以外の者たちの気持ちが一つになった瞬間だった。



「お祖父ちゃんか、嬉しいことを言ってくれる。そろそろ中に入るか」

厳しい顔を一変させ、優しく微笑みながら遼介の背中を押して中へと促す。

長い廊下を渡り、堂や恭介たちとともに奥の座敷へと通されて正座する。こんな場所に来たことが無いので緊張がどうにも取れない。
もじもじと足の指先を擦り合わせて気持ちを誤魔化していると、襖がすう、と音も無く開いた。
そちらを一瞥すると、中年であろう女が姿を現した。

しかし、年齢に見合わない妖艶さと迫力を醸し出しており、女性であってもやはりこの世界のものだと言わずにはいられない。
女の視線が遼介を射抜く。

「遼介?」
「はいっ」

「そう、あなたが遼介。私は原田美弥、今のあなたの母になるかしら」


目の前にいる美弥は静かにそう言った。

原田美弥とは、恭介の母であり紫堂会会長である堂の実娘である。
何故姓が父とも夫とも違うのかというと、戸籍上は本山なのだが、夫が後を継いで堂の姓を名乗るまでは幼い頃から使っている今は亡き美弥の母の姓を名乗っているためだ。

遼介自身も兄に助け出された後正式に父と美弥の息子とされたので、美弥と同じように戸籍上は本山で生活上原田になっている。
本山を選択しなかったのは、まだその時は極道との関わりを少しでも薄くさせたかったからだ。


美弥に母と言われ、遼介は嬉しくてくすぐったくなった反面哀しくもあった。
この優しい人に母と言われても、遼介には本当の母がいる。亡くなったとは言え、それまで女手一つで育てあげてくれ、また実のところ死に目に会えておらず「亡くなった」と聞かされただけで実感が湧いていないのが本音だ。

それでも遼介はぐっと顔を引き締め「初めまして。俺を引き取って頂き有難う御座いました」と両手を付いて頭を下げた。


「まあまあ男の子が簡単に頭下げないの。あなただって将来は上に立つのよ」
「お袋、遼はまだ子供だ。先の話はすんな」
「あら、ずいぶん過保護ね恭介。遼介はまだでもあなたは目の前の話よ」

頭を上げた遼介はそんな二人の様子を見て、普段の”遼介の兄”ではなく”美弥の息子”としての恭介を感じることが出来て新鮮な気持ちになる。

同じように見ているだけだった堂が「その話だが」と会話に入ってきた。
会長である堂の言葉に一同が注目する。



「わしはもう引退する。ここの席はあやつに譲るから、恭介はこっちの若頭に就け」



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