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平穏最後の日(完結)
8



「俺、強くなった方がいいかな。護身術とか」
「遼は喧嘩もしたことないから鍛えた方がいいかもな」
「筋肉ならちょっとはあるよ。バスケ部だし」
「まだまだ足りねえ」

なるほど、極道の世界は想像通り体育会系のようだ。遼介は腹筋を確かめるように己の腹を数回撫でた。
それを見た恭介が苦笑いを浮かべる。


「まああんまりムキムキになられても困るが」
「ぶはっそんなにはなんないよ」

自分がそうなった時を想像して噴き出す遼介だが、恭介は意外にも真剣な顔だ。
心配しなくても筋肉が付きやすい方でもないからそんな風にはならないのに。本当はもっと背も伸ばして筋肉を付けたいところではあるが。
背丈に関しては、血筋で見ればもう少しは伸びるかもと期待していたりする。


玄関を開けリビングに腰を落ち着けると、恭介が呟くように言った。


「親父んとこ行く前にじじいんとこに挨拶行くか」

「じじい?」
「お袋の親父だから、遼には義理の祖父ってとこだ」
「おじいちゃん……」

それを聞いた遼介はぱああ、と効果音が付いているが如く顔を口角を上げて嬉しさを全開で表した。

遼介は母と兄以外家族を知らなかった。父ですら会ったことが無い。そんな自分がそれ以上の家族を求めることなどしてはいけないと無意識に思っていた。
それがどうだ、義理であるが祖父に会えるという。もしかしたら、兄がここに連れて来てくれた時に言っていた兄の母という人にも会えるかもしれない。

兄の母は義理の息子である遼介を歓迎していると聞いたことがあるから、一度は会ってみたいと思っていた。

心に燻っていた吹き溜まりが綺麗な白に溶けて無くなっていくような、不思議な高揚感を感じていた。










週末、自宅リビング。
遼介と恭介はソファに向かい合って座っていた。

「誕生日おめでとう」
「ありがとう」

恭介はプレゼントを差し出しながら祝いの言葉を贈る。中身は遼介の希望通りバッシュだった。
しかしプレゼント以外は見渡しても誕生日らしいものは何一つ無く、料理の一つも見当たらない。


「じゃあ行くか。待たせてるしな」
「ん」

自室にプレゼントの箱を置いてきた遼介が兄の後を追って外へ向かった。先ほどの余韻もそこそこに外出するようだ。
マンションの玄関を潜り抜ければ、黒塗りのそれが二台並んでいた。前方にある一台に二人は乗り込む。行き先は決まっているようで二人が何も言葉を発さずとも車は自然に発進し、一台目を守るかの如く二台目もゆっくりと進み始めた。


「緊張するなぁ」
「ふ、自宅だと思えばいいんだ」
「そうだけどさ、初めてだから」

「ついに坊も仲間入りやねぇ」


兄弟の会話に割って入ってきた神田が嬉しそうに言う。そう、今日は初めて二人の祖父に会う、つまりは紫堂会本邸に向かうことになっていた。
数十分程走らせたところで目当ての家屋が見えてくる。割合新しい大城組や東条組と違い、日本古来の趣ある屋敷だ。
二人が車から降りれば、姿を確認した男が門を開けて頭を下げている。

その男に会釈をしながら進んでいくと、門の向こうにはずらりと顔を引き締めた男たちが並んでいる。皆一様にこちらを見つめると一斉に先ほどの男のように頭を下げた。



「「「お疲れ様です!若、坊ちゃん!!」」」

ごおおと地鳴りがする程の低い声が遼介の体を駆け抜けた。

あまりの迫力に一瞬圧倒されたが、これが兄や父の見てきた世界なのかと、それを共有出来たことに喜びも感じていた。
笑顔で軽く会釈しながら黒で覆われた道を歩く。そのゴールには、年老いてなお背筋よく立ち力のある眼光を持った老人が一人立っていた。

きっとあれが。



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あきゅろす。
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