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平穏最後の日(完結)
7



外へと向かう兄の姿を見送って、やっと安堵の息を漏らす。
絶対無理をするようなバイトの仕方はダメだと言われていたのだが、夏休みシフトを増やすのもNGだったらしい。


「あの人遼介の兄貴か?こえーっつーか心配性っつーか」

「あーなんか機嫌が悪かったみたい、ごめんな」

普段ならこのくらいは許してもらえる範囲なはずだ、何となく雰囲気が違うような気がした。
弟である自分には見せない、どこか棘のある危険な匂いをまき散らしている、そんな姿を見せられたようで遼介は視線を落とした。


「それにしても外で待ってるとかすげーな。遼介次の奴来たらすぐ上がれよ」
「ん、分かった」
自分が兄をそんな態度にさせているのであれば、すぐにでも兄の元へ行って原因を聞くのが一番だ。


その後もぱらぱらと客は来たが特にトラブル無く終え、次のバイトの先輩がやってきた。

「うっす、お疲れ」
「お疲れ様です」
二時間になろうかという頃、もうすでに外で30分くらいは待たせているだろうか。遼介は急いでエプロンを脱いでタイムカードを押した。

「お疲れー先に上がるな」
「おっけーサンキュー」




外に飛び出してみれば、夏独特の纏わりつくような空気が室内で冷えていた体を溶かしていく。しかし数歩歩けば茹だるような暑さにじっとりと汗が滲んだ。
言っていた通り駐車場には兄が愛用している車があり、左側に回ってみれば運転席で腕を組んで目を伏せる兄を見つけた。
こんこん、と控えめに窓をノックすると、いつもの優しい瞳がこちらに視線を寄越したため遼介は無意識に詰めていた力を緩めることが出来た。

「早かったな」
「今日は次の人が来るまでの繋ぎだったから」

恭介がドアロックを外し車内へ入るよう促す。助手席へ滑り込めばまた先ほどまでいた室内と同じようなひんやりとした空気が頬を撫でた。

「行くぞ」

普段あまり自ら運転しない恭介だが、かと言ってペーパーというわけでもなく丁寧に運転する様は決まっていると遼介は思う。
何をしたって絵になる兄は遼介の自慢だった。
だから先ほどのように理由が分からないまま機嫌が悪くなられると、嫌われてしまうのではないかと不安になる。

たった一人の兄、自分を暗闇から救ってくれた兄。

その人を失うなんて怖すぎて想像も出来なかった。


「恭兄、俺なんか悪いことした?やっぱ怒ってるだろ」
勇気を出して聞いてみる。視線はお互い前を向いたままだ。

「怒ってねえ。ただ心配なだけだ」
「心配?」
「また何かに巻き込まれるかもしれねえ。それに親父に会ったらお前もこっちの世界に引きずり込まれることになる」

恭介は呻るように低く静かに言った。

”こっちの世界”、まだ実感の湧かない遼介にとってそれがどれだけ危険なところか想像が出来ない。
しかし素人の自分がその場所に行けば役に立たないどころか足手まといになるだろうことは分かっていた。現に恭介にこんな顔をさせてしまっている。



「恭兄、俺大丈夫だよ」

運転をしている恭介が一瞬だけ驚いたように遼介を見遣るが、すぐに前方へと戻す。

「どれだけ危ないかなんて分からないけど、恭兄がいてお父さんがいるところにいられるなら俺は怖くない」

これだけは言っておきたかった。
安全なところだからここにいるわけではない、守ってもらえるからここにいるわけではない。好きな人たちがいるここだからいるのだ。

話している内にいつの間にかマンションに着いていたらしく、駐車場へ車を停めた恭介が大きな手で遼介の頭をぽんぽんと叩いた。
「遼には負けるな」


見上げれば目を細めて笑う兄がそこにいた。



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