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平穏最後の日(完結)
6



立ち読みをする人、弁当を物色する人と段々と店内が埋まっていく。

自分の世界に一人、また一人と増えていくようなこの感じが遼介は好きだった。数年間の記憶を何処かに忘れてきてしまった自分を何とかして埋めたいのか、はたまた一人になるのを恐怖しているのか、何を伴っての感情なのかは理解出来ないが自分が見聞きする視界が人で溢れるのが好きだった。
そうこうしている内にレジに二、三人の列が出来る。


「いらっしゃいませー」

「有難う御座います」
「ども」

コンビニで愛想が良いのが珍しいのか、笑顔で接客していれば意外と目を合わせてお礼を言ってくれる客も多い。
人と話すことが好きな遼介は接客業を選んで良かったと思う。




「おつー遼介のとこって夏休みいつから?」
客の出入りが無くなったところでバイト仲間の吉沢健二が話しかけてくる。

「あー20日からだったかな」
「おー一緒一緒。夏休みはバイト多くいれんの?」
「いや、部活あるから増やさない予定」
「部活かー頑張んね。俺帰宅部だから増やそうかな」

話していると自然と笑顔になる。こんな何でもないやりとりがとても楽しいものに思える。
高校に入るまではベッドか自宅で過ごすしかなかった遼介は、バイトを始めたことで学校以外の友人が出来たことが殊更嬉しかった。

「健二は部活入らないんだ?」
「めんどいしなー。バイトで稼ぎたいから毎日活動あるやつは厳しいのよ」
「そだな、俺んとこの部活も結構忙しいから平日はほとんど入れないし」

欲しい物があるのかもしれないしただお金が稼ぎたいだけかもしれない、もしかしたら家族の手助けをしているのかもしれない。どんな理由かは知らないがバイトを週に何日も入れている友人は何人もいる。
そうやって考えると、社会勉強だと言いながらも部活の合間に少しだけバイトしている自分がまだまだ子どものような気がしてならなかった。

おもむろに遼介が「うし」と気合を入れるので、横にいた吉沢が不思議がる。

「どうしたんだ?」
「俺、夏休みもうちょっとバイト入れようかな」
「え、だって忙しいんじゃな――」

「バイトが何だって?」



吉沢が遼介に言うのに被せるように二人より幾分か低い男の声が降ってきた。まさか客かと振り返れば、そこには僅かに眉を寄せた恭介が立っていた。
今の時間は仕事なはずなのにどうしたことか、そもそもバイト先に来るとは思っていなかったため遼介は若干焦り始める。


「お……恭兄どうしてここに?仕事は?」

「そりゃこっちの科白だ。今日はバイト無かったんじゃねえのか」

遼介が「あー」と頬を掻いて苦笑いをする。
実は今日は二時間だけのヘルプで兄の帰宅時間は遅いと聞いていたのもあり、連絡をしていなかったのだ。何かあったら連絡を義務付けられていたのだが、予定より少し帰宅が遅くなる程度だったので大丈夫かと判断していた。

そんな時に限ってバレるとはタイミングが悪い。
しかし連絡をしなかったのは自分自身なので、素直に遼介は謝った。


「ごめん、風邪ひいた人がいて代わりに入ったんだ」

「そうか」
「ふー」と深い息を吐いて、しばし考える仕草をした後恭介が口を開く。


「外に車付けてあるから、終わったら言え」

恭介の言葉に目を丸くする。今まで外で待っているなんてことは一度も無かったからだ。

「あれ、仕事今日は遅くなるって」
「神田に押し付けてきた」
「なんか……怒ってる?」
「怒ってねえ、とにかく待ってるからな」

踵を返した恭介が「それと」と思い出したように付け加える。




「夏休みバイトは増やさせねえぞ」

「は、はい……」


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