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平穏最後の日(完結)
5



冴子から言われた言葉を飲み込むと、遼介はじんわりと顔が熱くなるのを感じた。それを誤魔化すかのように園川からもらったジュースを一気に飲み干す。
どう考えたって結婚していない人との子どもは厄介者だと思っていたのに、そうでもないことが分かって安心する以上に嬉しかった。
自分という存在を認めてもらえた気がした。


「俺のこと嫌ってないんですね、良かった」

俯きがちに、しかし噛みしめるように遼介が言うと、野々村は困ったように笑う。

「大丈夫、若はいつだって遼介ちゃんのこと想ってるわよ」


幸せそうに笑う二人を余所に仕事を進める久遠たちだったが、園川は手を止めると久遠に小声で話し掛け出す。
「久遠さん、冴子さんがこちらへ来たということは近藤組の件でしょうか」

それに反応して久遠も手を休める。煙草に手を掛けながら口を開く。
「いや、当面はこっちが忙しいから手伝ってもらうだけだ。近藤組も今は大人しいしな」

野々村は普段紫堂会に属し事務的な仕事を担当しているが、情報部としても活動している。関西にも顔が利くため、トラブルが起きた時などに情報を集めるために動くのだ。
園川はてっきりそれが必要な時が来たのかと思っていたが、そうではないと分かり安心した。


「おいてめぇ派遣されて来てんならさっさと仕事しろボケ」

「ああ?今大事な若の可愛い子と話してんでしょうが」

「露出狂が何言ってやがる」


ぐるぐると出口の無い言い争いをする二人。野々村も久遠と同じように気性が荒いようだ。
よく観察してみれば、男女の違いはあるものの目元の鋭さや雰囲気もどことなく似ているような気がする。親戚と出会ったことが無いため、兄弟でもないのに自分と似ている人がいるというのはおもしろいなと思う。

そこで先ほど野々村に父と自分が似ていると言われたのを思い出して、きっとこういうことを言うのだろうと想像して頬が熱くなるのを感じる遼介だった。


「もうこんなのと話してるくらいなら早く若の顔が見たいわぁ、ねえ遼介ちゃん」
急に話を振られて驚くが、問われるままにこくこくと頷けば満足そうに野々村が笑みを浮かべる。
ここにいる者は皆父の顔を知っている、息子である自分だけ全く知らないのは少々淋しいものがあり早く会いたいという想いが強くなるのを感じた。

そうしていると携帯が震え、見てみると自身でセットしていたアラームだった。



「あ、すみません。バイトの時間なんでこれで失礼します」

今日はバイトは休みのはずだったのだが、風邪で休んだ人が出てどうしても2時間だけ人手が足りないということを言われ急遽出ることになっていた。
こんな慌ただしい展開になると思っていなかったので、アラームをセットしておいて良かったと胸を撫で下ろす。

「遼介ちゃんたらバイトしてるのね、えらいえらいっ」
「気をつけて」
「またな」

「はい!」
それぞれ思い思いの言葉をくれたのに返事をし事務所を後にする。




バイトは最近始めたコンビニ一本、ただしお金のためではなく社会を知る勉強ということで週に二、三回数時間しているだけだ。それでも自分の小遣い程度には稼げるし、短い時間のため部活との両立が出来て遼介にとってはとても為になる経験となっている。
事務所から程近いコンビニへはものの数分で着くことが出来た。


「お疲れ様です」

店内に入れば見知った顔が「おー」と返事が返ってくる。
今日シフトに入っていたのは遼介と同じ年のバイト仲間だ。学校は違うものの年が一緒ということもあり、バイトが同じ時はよく話すようになっていた。


「遼介お疲れー今日はさんきゅな。あいつ休みやがってよ」

「いいよ、特別用事も無かったし」

今日は元々夕飯も一人の予定だったから突然のお願いも困りはしなかった。店内にある商品を適当に買って休憩室で軽く食べてからレジに立つ。
今の時間帯は会社帰りのサラリーマンがぱらぱらと来始める頃なので、さすがに一人では回らないということだろう。

駅からもさほど離れていないので、レジに立ってまもなく店内に数人の客が入ってきた。
二人とも話を止めそれぞれ仕事場に着く。



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