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平穏最後の日(完結)
4



突然の怒声に目を丸くしていた遼介だったが、その声を聞いて慌てて給湯室から飛び出してきた園川に引き寄せられる。
「冴子さん、遼介君が怯えますので!」
「あ、あらいけない。私ったらほほほ」

我に返った冴子―野々村冴子―が取り繕った笑顔を見せるが、先ほどので全て台無しである。




「というわけでこちら久遠さんの従妹の野々村冴子さんです」
「はーい気軽に冴子さんって呼んでね!」
「は、はい。宜しくお願いします」

「関西出身だからたまーに関西弁出るけど気にしないでね」
「はい、じゃあ久遠さんも関西出身なんですか?」

「そうだ」

久遠からプライベートな話を聞く機会があまり無いため、意外なことを聞くことが出来て嬉しくなる。
そこで初めて、事務所に遊びに来るようになって1か月半は経つのに誰のことも知らないなぁと思い立つ。
ちらりと久遠を一瞥すると、疲れたような久遠と目が合った。

どうかしたのかと思っていると、首に冴子の両手が回されてどきりとする。同級生にくっつかれることはあっても、年上の女性とこんな至近距離になることなど無いので、遼介には全く免疫が無いのだ。
それを知ってか知らずか冴子はさらに顔を近づけて、もうすぐ鼻と鼻が触るくらいのところでやっと動きを止める。

「うふ、若の息子なだけあって整ってるわねぇ。大城の若も整ってるけどちょっとごつすぎるし素っ気ないのよね、遼介ちゃんの方が好みだわぁ」

そう言って遼介の頬にちゅう、と音を立ててキスを贈る。
「これから宜しくねぇ、遼介ちゃんっ」

遼介は展開に付いて行かれず、目を見開き頬に手を当てたまま「えっ?」と間抜けな声を上げている。

「これからって、どういうことですか?」
やっとの思いでそう切り出せば、ようやく両手を離した冴子が机に手を置き軽く腰掛けながら言った。



「紫堂会から派遣されてしばらくここの事務することになったの」

「そうなんですか、宜しくお願いします」
「俺は宜しくしなくていいがな」

久遠と野々村がまた険悪になりそうなところを園川が「五月蠅い人は出て行ってください」と一喝する。
「そういえば遼介君、若頭のこと聞いて驚かないってことは本山さんから聞いたのか?」

園川からの言葉に遼介はここに来た目的を思い出す。そもそも今日はこの幸せな気分を久遠たちに伝えたくて来たのだ。


「はい、恭兄から聞きました。お父さんに会えるって聞いて嬉しくて」
思い出すとまた顔の筋肉がだらしなくなりへにゃ、と笑ってしまう。つられて園川も優しく微笑めば、冴子が「ひええ!」と小さく悲鳴を上げた。

「き、きも!何あれきも!園川君のあの顔何、いつもは鉄みたいにかったい顔なのに」

「早く見慣れろ、あいつの前ではあの顔がデフォルトだ」

そう言いつつも珍しく優しい顔をした久遠が遼介の頭をぽん、と軽く叩く。
「よかったな」
「はいっ」







「それでねっ若って本当に良い男で、部下にも優しいのよー」

「そうなんですか、早く会いたいな」

今日は特にやることが無い冴子は、紫堂会での本山父がどう素敵なのかすでにかれこれ30分は語っていた。
久遠と園川はいつものことだと無視しているが、父のことを初めて聞く遼介は興味深く聞いている。



聞いてくれるのを嬉しく思った冴子が「ふふ」と笑いながら何とはなしに言う。

「若ね、遼介ちゃんの話をしてくれたことがあるのよ」



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