平穏最後の日(完結)
3
これはOKのサインなんだろうか?園川が妄想の世界に飛び出そうと片足を突っ込んだところで、遼介の言葉が現実へと引き戻した。
「園川さん!事務所の中で言い争いが……!」
「何っ……?」
我に返った園川がドアノブに手を掛ける。どさくさに紛れて未だ片手は遼介の腰に回ったままだ。
言い争いだと?確か今日は彼女が来るはずなのに……いや”彼女”が来たからか。原因が分かった園川はがっくりと肩を落としながらドアを開けた。
遼介は不安な顔で園川を見つめるものだから、「うっ」と声を詰めながらも大丈夫と意志を伝えるように腰にある手に力を込めた。
「ただいま戻りました」
「お邪魔します……」
恐る恐る顔を上げた遼介が目にしたのは、女の服を掴み拳を振り上げ今にも殴りかかりそうな久遠だった。
女はこちらを向いて平気そうな顔をしているが、華奢なその体に久遠の拳が耐えられるとはとてもじゃないが思えない。
あまりの光景に遼介は飛び出した。
「遼介君!」
後ろで園川が叫ぶ声が聞こえる。
しかしそれで止まることも出来ず、女を庇うように前へ出て久遠の顔を凝視した。
「久遠さん、何があったか知りませんが、久遠さんの力は強いんですから殴らないでください」
拳を振り上げたまま固まる久遠だったが、言葉を理解し飲み込んだのか静かに拳を下ろし長い息を吐いた。
すると後ろから「ぷぷっ」と堪らないといった様子で笑い声が漏れ聞こえる。
振り返れば、久遠に責められていた女が豪快に笑っていた。何て素直に笑う人だろうと遼介は思う。
よく見ると華奢に見えた体つきも久遠と並んだからだけのようで、平均は超えているだろう身長に、ノースリーブから覗くすらりと伸びた腕にも少なからず筋肉が付いていた。
スポーツでもやっているのだろうか、女性で綺麗に筋肉が付いているなんて周りにはいないから珍しいなと観察してしまう。
「そんなに見つめられると、また詠二に睨まれちゃうわ」
「あっすみません。綺麗に筋肉付いててすごいなと思って」
「ぷっ」
何故見つめてきたのか尋ねれば突拍子もない返答が返ってきてまた笑い出す。
「あはは!こんな良い女目の前にして見るとこ筋肉って健全な高校生としてどうなの、可愛い!」
「すみません……」
「いいのよ、ふふ」
随分と機嫌が良いらしい女が遼介の頬に手を滑らせて顔を近づける。女性という者にあまり免疫の無い遼介は思わぬアップに顔が引き攣る。
「何となく面影はあるかしら。はあーいいわねぇ、この子なら良いかも」
「う……」とどうしたらいいか分からず動けない遼介を助けたのは、後ろにいた久遠だった。
久遠が遼介の腰を思い切り引っ張って二人を引きはがす。遼介が顔だけ後ろへ向けて久遠を見遣れば、これでもかと女を睨んでいた久遠と目が合いふい、と顔を背けられる。
「てめぇはいつもみてぇにオッサンに盛ってろ」
「何ですってぇええ?」
「あの、お二人とも落ち着いてください」
無駄だと分かりつつも止めに入る園川だったが、形だけの言葉なのは本人が一番よくわかっており声を掛けるだけ掛けると給湯室へと消えていった。
切れたらしい女がだん!と傍にある机に手を勢いよく叩き付ける。
「若がオッサンなわけないやろ!いてまうぞワレェ!!!」
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