平穏最後の日(完結) 1 斉藤に送ってもらい家に着いた遼介が待っていたのは、やけに真剣な恭介だった。言われるがままリビングのソファにいる恭介の横に座る。 「よーく聞けよ遼。驚くんじゃねえっつっても難しいだろうが、パニックにならないようにな」 「う……うん」 肩に置かれた手のひらがやけに熱い、恭介の緊張がこちらにまで伝わってくるようだ。 「遼には言ってなかったが、親父生きてるんだ」 「え……」 遼介は父を知らない。父が生きているのかどうなのかすら母から教えられることなく育った。 しかし幼いながら聞いてはいけないものと理解し、一度も母に聞くことはなかったし、父がいなくて淋しいと泣き言を言ったこともなかった。 それは、いつの日だったか父を想って一人泣く母を見たことがあったからかもしれない。 だからそれが癖になっていたからか、兄と一緒に住むようになってからも一度も父のことを聞くことは無かった。 それが今何故。 「何で、今言うんだ」 見開いた瞳からぽろりと一滴落ちる。落ちたのはただ1つだけだった。 その様子を見た恭介が、がばりと全てを包み込むかのように遼介を強く強く抱きしめる。 「悪かった、遼が親父のこと知りたいことは分かってたのに言わなかったんだ」 恭介の胸の中で黙って続きを待つ遼。 「親父はちょっと難しい場所で働いててな。遼が巻き込まれるのは嫌だったから、こっちに連れて来てからも会わせなかった」 抱きしめる力を弱めて少し離れた恭介が遼介の瞳を真っ直ぐに見つめる。 「これだけは言わせてくれ。親父は遼のことが好きだ、いつだって会いたいと思ってる」 それを聞いた遼介の体がやっと呪縛から解けたかのように緊張の糸を断ち切った。 「そっか、それだけ聞けたら満足だ」 父と母が結婚していないことは知っていた。だから父に会えないのは、自分を疎んでいるからかもしれないと思った時もあった。 でもそうではないと言われた。 そうではないのなら、もうそれで十分だった。 「それでな、遼。これがもっと吃驚するかもしれないんだが……」 「ん?これ以上?」 「ああ、実は親父極道なんだ」 「えっ!?」 「あと俺も社長はほんとだけど本業は極道」 「ええ――!?」 何ですとー!!! 遼介は激しく混乱した。やっと知ることが出来た父の安否が分かったところでの職業発覚。 そしてまさかの兄も極道、これで驚くなという方が無理だった。 「えっえっ?」 「落ち着け遼」 「だって恭兄いつもヤクザに関わるなって言ってて!」 「ああ、危ない奴らだったのは嫌でも知ってるからな」 「あ、そうか」 「うん」 「ん、わかった」 意外にもすとんと落ち着いた様子を見せる遼介に恭介が微笑む。 素直な遼介は、ちゃんとこちらが説明すれば遼介側でしっかりと吸収してくれる。遼介の良いところだと恭介は思う。 その分騙されやすくていかんと今回のことで危機感を持ったのも事実だが。 「親父今入院してるから、良くなったらお見舞い行くか」 「行く!」 可愛い。 ではなくてやっぱりいろいろ危険だ、知らない人には付いて行かないと言い聞かせていたのに。 田川の件は薬で誤魔化されていたのだから遼介の責任では無いにしろ、これから極道に関わりのある者だと知られれば危険は増えるだろう。 恭介は頭を抱えた。 [次へ#] [戻る] |