平穏最後の日(完結)
20
あの車を見つけてから一時間、大した情報が得られず久遠の苛々は最高点をすでに振り切っていた。
横では園川が慌しく電話をしており、他の者たちは外へ出て探している最中だ。
「おい、ナンバーは分かってるんだ。あと三十分で見つけ出せ、分かったな」
園川の口調も普段よりきつい。
まるで仕事時に相手を嬲っている時のようだ。
しかし顔はその時とは違い苦痛に歪んでいる。
あの車は確実にこの世界のものだった。
そうなると遼介がどんなことをされるか、同じ世界にいる園川は最悪なことまで想像が付くため、この状況で心を落ち着けることなど出来るはずがなかった。
通話終了をタップしたばかりの携帯が再度鳴り出した。
急いで携帯を耳に近づけて要件を聞く。小宮山たちからだった。
『園川さん! 大城組からナンバー情報入りました!』
「本当か! それでどこの車だ」
もう何本目かも分からない煙草の吸殻をぽい、と放り投げた久遠が園川を一瞥する。
園川の顔色が変わった。
嫌な予感がする。園川がこちらを見た。
「おい、分かったのか」
自分でも分かるくらい低い声が出た。園川を見遣ると、ぎり、と音がするのではないかと思うほど歯を噛み締めたのが分かる。
「近藤組の車でした」
車の持ち主は、考えられる限りの一番悪いものだった。
田川は車を目的地に向けて、時折ふらふらとドライブを楽しむかのように寄り道をしながら走らせる。
遼介はふわふわとした気分で車窓に映る景色を眺めていた。
「遼介君、今から行くところにしばらくの間いてね。悪いようにはしないからさ」
「久遠からこれで完全に消えてやるんだ。いつか万が一見つかっても、その時はもうあいつのことなんか覚えていない遼介君しかいない」
そしてさらに十分程走らせたあと、空き地になっている広場に車を停めた。
遼介のシートベルトを外し車から出るように指示する。
鞄は持たせなかった。
万が一携帯で連絡を誰かに取られたら困る。
ここで見つかるのはまだまずい。
見つかるにしても自分がやったことがバレないようにしなければ、”また”組から外されかねないのだ。
あの時は何とか指を詰めるのを免れたが、きっとここではそうもいかない。
車から出た二人は、空き地を出て近くのアパートの一室へと入っていった。
アパートはリビングと寝室というシンプルな作り。
一つ違うとしたら、外へと繋がるドアが二つあるところだろうか。
何かが起きた時に逃げられるようにと用意された二つ目のドアは、そういう事情がある者に殊更人気の物件だった。
田川がここを知っているのも、以前取り立てた男の部屋がこのアパートだったためだ。
しかも、ここのアパートも耐震工事だか何だかでもうすぐ取り壊される予定で、それまで自由に使っているという訳だった。
「んー、今日は二錠飲ませちゃったから、まだ三十分くらいは切れないかな」
リビングのソファに二人して座り、まずは一週間程ここで過ごさせるかと考える。
もう遼介は自分のものだ。何をしたって許される。
「そうだなぁ、久遠のお気に入りだって言うんだから具合がよっぽど良いんだろ? 男なんて嫌だけど遼介ならしてみてもいいか」
久遠にはもう会わせないつもりだが、自分に夢中で久遠のことを綺麗に忘れ去った遼介を見せてやりたい気にもなってくる。
「どうしようか、迷っちゃうよね。遼介はどうしたい?」
答えなんて返ってくるはずがないのに、田川は楽しそうに遼介に問う。
とりあえず、この高揚した気分そのままに事を済まそうと遼介のシャツに手を掛けた。
ぷつ、ぷつとゆっくりボタンが外されていくが、未だ薬の抜け切れていない遼介は理解が出来ておらず、体を田川に預けきっていた。
ボタンを全て外し終え首筋に顔を埋めている田川の耳に、突然遠くの方から怒鳴り声やどん! と何かを叩くような音が聞こえ出した。
がばり、と遼介に馬乗りになっていた田川が身を起こす。
――何だ、何が起きている?
まだ遼介を連れてきて一時間も経っていない。異変に気が付くはずもない。
車も態と遠回りをして来たのだから、ずっとつけられてでもしない限りは……まさか。
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