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平穏最後の日(完結)
19



久遠たちは焦っていた。

何故車に?

年上の友人はいなかったから久遠たちと知り合えて嬉しいと言っていた遼介に、免許が持てる年齢の友人がいるとは考えにくい。
斉藤の話では、家が相当高級だったというから運転手くらいはいるかもしれない。
しかし、今遼介は”助手席”に乗っていた。運転手と二人であれば後ろの席に乗るはずだ。

そして一番問題なのが、その車が黒塗りだったということだ。

「何やってんだあいつ」





「やあ、よく来たね」

「お邪魔します」

田川にメールで呼び出された遼介は、疑問にも思わずいつも通り田川の家の中へと入っていく。

先日誰が見てもイラついている久遠を見ることが出来た田川は、いつも以上に上機嫌だった。
そろそろ頃合いかと車のキーを引き出しから取り出す。

「遼介君、今日は外に行きたいんだけどいいよね?」

もう提案などしない、優しい口調だが強制の意味を込めて問いかける。

「? はい、大丈夫です」

外へ行こうと言われることは滅多にないため首を傾げるものの、拒否はしない遼介。
成功だ。田川は感情を大いに揺さぶらせた。

「じゃあ、行こっか。外暑いからこれ飲んでいくといいよ」

いつもの薬入りのジュースを手渡すと、何の疑いも無く「有難う御座います」と飲み始めた。
上手くいきすぎて怖いというのはこういうことか、とかたかた小さく震える己の手を握る。

嬉しい。

久遠を陥れているのが自分だということと、人一人を自分の意のままに操っているこの高揚感。
下手な麻薬よりも素晴らしいものに感じる。

さて、久遠から完全に離した後は遼介をどうしようか、田川は思案する。
外の世界から断ち切らせて自分のものにしてもいいし、今まで通り過ごさせて、それでも自分だけに興味を持たせて生活するのも優越感に浸ることが出来て良いかもしれない。

もちろん外で生活させるなら、久遠には絶対に会わせることはしない。

遼介から聞いた情報では、家族は兄一人らしいから極道の世界にいる田川にとっては堅気一人位どうにでもなる。

そう、田川は久遠と同じでヤクザだった。

何をしても自分にとって輝かしいものしかない気がしてたまらない。
田川は、自分を見つめる遼介を抱き寄せて盛大に笑う。

「ははは! おかしい、おかしいよ遼介君。嬉しすぎておかしくなりそうだ」

遼介はそれをぼんやりと見ている。

田川は遼介に両頬を包むように触れてそっと口付けた。
初めて遼介に”そういう意味”で触れたが、遼介だからか男でも嫌悪感は全く無い。
むしろ征服欲が満たされてもっといろんなことをしたい、させたいと思える程だ。

狂っている。しかし、ここには誰も田川を咎める者などいなかった。


「ふふ、じゃあ仕上げといこうか」

かちゃり、ドアの鍵を閉める音がやけに耳に響いた。



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