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平穏最後の日(完結)
15



「マジー?」
「うんマジマジ!」
「じゃあ今度連れてってよー」
「うーんそれはなぁ」
「何でぇ」
「俺忙しいんだよ」
「ええーバイトでもしてんの?」
「それは、あっ遼介ぼっ、じゃねー遼介さん!」

同じクラスの女子だろうか、楽し気に会話していた佐藤がこちらに気付いて手を振っている。
予備校では怪しまれるとまずいので坊ちゃん呼びは避けている佐藤だが、気を抜いてると呼びそうになってしまうらしい。訂正はしたが怪しい限りだ。

いくら真面目な恰好をして予備校生に紛れ込んでいるとはいえ、遼介よりは年上に見える佐藤に「さん」付けもやはり慣れない。
今も佐藤と話していた女が訝し気に二人を交互に見ている。

「あの人誰!?イケメンー!」
「おい、俺もいんだろ?」
「まーあんたもまあまあだけど」
「うっせ、んじゃ行くから」
「あっ待ってよ!今度遊ぼうって言ってんのに」
「ごめん、俺この人と一緒にいないといけないから」
「えっそっそういう関係……?」

ぽかん、と二人の間に入れず少し距離を置いて経過を見守っていた遼介は、話し終わった佐藤に手を引かれてその場を去る。
あらぬ誤解を掛けられてしまったわけだが気付く間もなく女と別れた。
佐藤は最後に何を言われたのか気が付いていたものの、正確な意味を捉えることが出来なかったため弁解されないままとなってしまう。

後に二人は数人の女子たちからきゃあきゃあ言われるのだが、やはり二人には意味の分からないものなので予備校を辞めるまで噂は密かに囁かれることとなる。



遼介と佐藤はほとんど同じクラスで授業を受けている。
遼介を守るためにここに入っているので当然であるし、元々受験予定ではない佐藤なので遼介に合わせて希望を出したのだ。
ただ全くの他人として同日に入学し全て同じクラスというのも不自然かと思い、一クラスだけ別に選択している。

先ほどの女はそのクラスの人間らしい。

初日にあれだけ女子だ女子だと騒いでいた割に順応能力の高い男である。

「仲良かったですね。いいんですか?」
「そんなんじゃないっす!俺には坊ちゃんの傍にいる義務がありますんで」
「無理しないでいいですよ。クラス被ってれば目に届くし、そんなに気張らなくたって」
「いえ!任せられたもんはやり通します!それにやっぱ女子高生はちょっとっていうか」
「ちょっと?」

色気が足りないなんて遼介の前で言えるわけがない。目の前の少年は、いくら年上の彼氏がいるとはいえ純真無垢の塊のような少年だ。

「とりあえずいいんですいいんです。さ、教室行きましょう」

佐藤に押されて教室に入る。今日は数学だ。
遼介が目指す大学は私立文系だが、国公立も受けるため理数系の授業もある。
苦手という程でもなかったものの、受験用ともなれば些か難しく付いていくのにやっとだ。

「佐藤さんちゃんと受けてるんですね」

ちら、と佐藤のノートを見ると、意外にもちゃんと文字が並んでいる。あとで読み返すには汚い文字だが復習する分には構わないだろう。
ここに入ったのも護衛が目的であるのだから、てっきり授業は聞いている振りをするだけなのかと思っていた。

「受験はしないんでしょう?」

「さすがにそこはごまかし効かないんで。ただ何か懐かしくて、青春って感じがするんですよっ」

なるほどと思う。

子どもにとっては勉強は辛いものでも、大人になってしまえばそれもいい思い出で、もっと勉強しておけばよかったと思うのが人である。
佐藤もそれと似たようなことを思ったのかもしれない。

「俺も、見習いたいです」
「坊ちゃん十分勉強してると思いますけど」
「いや、まだまだです!」

佐藤は心意気を買ってくれての発言で、実際まだ受験勉強を始めたばかりの遼介は模試すら受けていない。

ただひたすらに持ち上げてくれる佐藤だが、下心がないと分かっているので気恥ずかしいものの嬉しく思う。



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