平穏最後の日(完結) 1 仕事は無いと言っていた恭介の自室をノックして入る。 パソコンをいじっているものの忙しくはなさそう。 遼介が「相談がある」と言えば、パソコン用の眼鏡を外して話を聞く体勢に入ってくれた。 「塾?家の奴に教わるんじゃあ、ダメか。大学は個々に問題の傾向が違うしな」 塾に行きたいことを伝えれば、恭介は「いいんじゃねえか」とあっさり許可した。 心配性の恭介には珍しい返答だが、さすが大学を出ているだけあって受験の大変さを分かってくれているらしい。 安心した遼介は塾や予備校のパンフレットをいくつか見せた。 「あー、予備校な。予備校のが規模でかいとこ多いしいろんな情報得られるかも」 「そっか、んじゃ予備校にしよう」 「あれだあれ、坂本君だっけか。そういう友だちがいるとこねえのか」 「裕太はまだ行ってないって。クラスとか部活の友だちは行ってる人何人か知ってる」 「近場で友だちが一人くらいいる方がいいだろ」 「そうだね。何処行ってるか聞いてみるよ」 とんとんと話が進んでいく。 すぐに入ろうとは思っていないが、三年生になれば部活も徐々に二年生へと引き継がれて勉強する時間も出来るだろうから、進級する頃にはと思っている。 「しかし念には念を入れとくか」 「念?」 「いやこっちの話だ、じゃあ俺は戻るから」 「うん、ありがとう」 恭介は遼介との話を終えると高速でどこかへ電話をかけた。 数回のコールで相手が出る。 「おい、若い奴一人見繕え。馬鹿過ぎる奴は却下だぞ」 翌日部活帰りに、さっそく部員が通っているという予備校へ一緒に行き見学させてもらうことにした。 二年生でも受験を意識している生徒はすでに予備校や塾へ通っていることが多いと聞き、入りたいという意欲が増す。 授業がある部員とは別れ、一人受付に立った。 「はい。あ、見学の方ですね」 事前に電話連絡をしていたためすんなりと中へ入れてもらうことが出来た。 ある程度名の通ったあちこちにある予備校なので、中の教室も数多くある。 希望の進路ごとにクラスが別れているらしく、渡されたパンフレットを見ながら教室を廊下から覗いていった。 「もしまだはっきりと希望が決まってなかったら、ベーシッククラスもありますので」 「はい」 基礎を教えてくれるクラスもあるようだ。 今まで一度もこのような類の習い事をしたことがないので、何もかもが新鮮に感じる。 聞いてみれば一年生から通っている者も多いらしく、ここが気に入れば早めに申し込むのも良いかもしれないと思う。 ――三年になるまでは日数セーブして、あとで本格的に始めるのもアリかな。 「そうそう、三年生になると一斉に申込が入るので、込まない時を狙ってこの時期入る人も少なくないですよ」 「なるほど」 「今日もこのあと一人見学希望者が来る予定ですし」 「へー」 人気のところなのだな、と少しここの関心度が上がった。 一番仲の良い坂本はまだ予備校に通っていないし、新しい友人が出来る可能性もある。 ただ家で黙々と勉強するよりも有意義な時間が過ごせそうだ。 一通り見終わったあと、念のため入学申込書ももらって帰ることにした。 予備校を出たところで後ろから自動ドアの開く音がする。次の見学者でも来たのだろう。 受験は遼介にとってまだ遠く実感が湧かないものであるが、少し楽しみにもなってきた。 「あ、詠二さんにも言っとかないと」 [次へ#] [戻る] |