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平穏最後の日(完結)
18



「あの……」

言葉が繋がらない。

久遠の期待が嬉しくないわけではない。しかし一歩踏み切れない遼介を分かっている久遠は、壊れ物を扱うかのようにやんわりと頭を撫でた。

「怖いんだろ」
「……分かるの」
「そりゃお前のことだから」
「優しくてずるい」

「俺は大人だからな、大人はずるいんだよ。でも、遼介の全部を、過去だってひっくるめて愛してやれるぜ?」

「久遠さん」

怖い原因の一番が過去にあることまで分かっているらしい。
人を好きになることの何たるかを分かったところで、そこから進むにはあの時の記憶が呼び起こされてしまう。

久遠を信じている。

だからこそ、躊躇してしまう自分が申し訳なかった。

「怖い思いしたんだ、怖くて当たり前だ。ゆっくりでもいいから」

「……ありがとう」


「……じゃあさっそく」
「え?いやいや!久遠さんっ」

良い雰囲気のところでいきなりの発言に思わず拒否を示す。
たった今ゆっくりでいいと言っていた男と同一人物の発言とは思えない。

「はっ嘘だよ。ほんと可愛いな遼介」

「うわっ」

がばりと飛びつくように抱き着いてきた久遠を受け止めきれず、勢いよくソファに倒れ込む。
ぎゅうぎゅうに抱きしめられぬいぐるみにでもなった気分だ。遼介も真似て背中に腕を回してきつく抱き着いた。

同じ男でも久遠の方が一回りは体躯が良いので、少しだけ悔しいが守られている感じがして嬉しくもなる。

「これならいいか?」

ちゅ、ちゅ、と軽くキスを降らす。

「くすぐったい」
「犬くらいに思っとけ」
「ふ、でっかい犬だね」
「じゃれて可愛いだろ」

久遠が可愛いなどと思う人間は普通いないだろう、遼介も普段の彼を可愛いとは思わない。
しかし、今の久遠は本当に犬のようで中々に可愛らしい。

「うん、可愛い」
「俺を飼ってもいいんだぞ」
「俺に久遠さんは飼いきれないよ。それなら俺が飼われる」
「それも良いな。お前が犬なら柴犬とかか?」
「久遠さんはドーベルマンとか?でも髪の毛の色的には違うかな」
「まあ犬同士じゃれあおうぜ」

べろっと顔を舐められて、遼介も負けじと舐め返した。

慣れてきた遼介にもう一歩と、久遠は口にかぶりついてべろりと舐め口を開けさせる。


「舌出してみろ」

「舌?」

不思議そうに舌を出したところへ己の舌を絡めた。驚いて引っ込めようとするが、許さないとさらに強く絡めて離さない。

「……ッんぅ」

「これが大人流だ。俺以外はすんなよ」

するなと言われても、そもそもこんなキスしたことがないしする相手も予定もない。
久遠はきっと複数と経験があるのだろうと、慣れている様を感じて少しだけ嫉妬した。

久遠は久遠で遼介の慣れていない反応に、「俺が初めてだ」と実感し密かに感動していた。



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