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平穏最後の日(完結)
16



「いきなり初日から受付だけどごめんね」

「いいんです。早く仕事慣れるだろうし」

そこへ来客を表す軽快な音が鳴り扉が開いた。誰かやってきたようだ。
二人身支度を整えて受付に並び深々とお辞儀する。

「いらっしゃいませ」

入ってきた男は無言でその前に立ち、先輩の女は予約表と照らし合わせてにこりと笑顔を見せる。

「久遠様ですね、お待ちしておりました。いつものお部屋へどうぞ」
「あ、タオルです。どうぞっ」
「…………」

初めての客に戸惑い、噛みながら必死にタオルを差し出す。

少しの間のあとに久遠が受け取るとやっとほっとした表情を示した。

「申し訳ありません。この者は新人でしてすぐ慣れるかと思いますので」
「……ああ」
「前の者がいきなり辞めてしまったもので、そういえば先日はその田代がお忙しいところ話しかけてしまい失礼しました」
「そうだったか。覚えてねえ」

目も合わせず一言答えるとすたすた部屋へ歩いていくのを見て、後輩は先輩の後ろにさっと隠れてしまう。
久遠が見えなくなったところで小声で後輩が呟いた。


「こ、怖い人ですね……」
「あの人よ、何やってるか分からない人」
「オーラがあるけど、何かまがまがしいというか」
「うんうん。それが普通の反応だよ、田代は何であんな人が良いとか言ってたのかなー」

先日突然辞めてしまった田代を思い出しながら先輩が笑う。

「前働いてた人ですか?」

「そうそう。結構いい加減だったけど長く続けてたし久遠さんのこと追ってたのに、いきなり辞めちゃったんだよね。まあ気にしないで早く仕事覚えよっか」

きっと気まぐれな彼女のことだから新しいものでも見つけてそちらに興味がいったのだろうと思い、後輩の指導だと気持ちを切り替えた。







数日後、傷の具合もよくなり外出も自由に出来るようになったので、遼介は久遠の事務所前にいた。

久遠に用事があるわけではなく、他の面々に挨拶するためだ。

「緊張する……」

今まで日常的に来ていたはずなのに、皆に心配をかけてしまったあとなので何となく入りづらい。

勇気を出してインターフォンを押すと、中からばたばたと慌てた足音が聞こえた。
ついですぐにドアががちゃりと開く。

「遼介君!」

「園川さん、有難う御座いました!」

真っ先に飛び出してきて笑顔を見せる園川に礼を言う。すると、中に入るように促されるとともに頭を撫でられる。

くすぐったくて恥ずかしいが、嬉しい気分になった。

「おかえり」

園川の優しい声が体中に響く。体の緊張も取れて遼介もやっと笑顔を見せた。

「あの、ただいま……」

「うわっ遼介君だ!大丈夫だった?痛くねぇ?」
「五月蠅い。遼介が引いてるだろ」
「んだと小宮山ァ」

次々にかかる言葉が温かい、その向こうには涼しい顔をしながらも穏やかにこちらを見つめる久遠の姿があった。

いつもの風景、変わらない毎日が帰ってきたのだ。

「おめぇら、そんぐらいにして仕事戻れ」
「すんませんっ」
「遼介はソファでも座ってろ。ゆっくりしてくんだろ?」
「うん」

照れくさくて座りながらそわそわ周りを見渡すが、机の配置もインテリアの小物も何一つ変わっていなくて安心する。
それを他の者たちも目を細めながら平和が戻ったと実感しながら仕事に戻った。

「もう動いても痛くねぇのか」
「大丈夫。抜糸だって終わってるし軽い運動なら始めていいって」
「あれか、部活早く復帰したいって言ってた」
「そうそう」



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