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平穏最後の日(完結)
6



ぽたりぽたりと音がする。

急に体が冷えたかと思うと今度は熱く燃えるようだ。
少し眩暈もするが今は気にしている場合ではない。目の前の、特に田代は許せないことを言った。


”あー気持ち悪い”

きっと男同士に向けての言葉で遼介だけに言ったつもりだろうが、遼介にはそうは聞こえなかった。
まるでここにいないはずの久遠までをも貶すものとして頭の中に響いてきた。

男同士なのは本人たちが一番分かっている。

道理ではないことだって分かっている。遼介だって悩んでいる。

だがそんなことを言ったって自分が女になるわけではないし何かが解決するわけでもない。
ただ、久遠を想っていて久遠から想われている。

ただそれだけなのだ。


「ひッ!やりすぎ、じゃないの?すっごい血出てるけど……あたし顔にちょっと傷でも出来れば久遠さんから振られるって思っただけだし!」
「俺の所為じゃねぇよ!こいつが動いたのが悪ぃんだ、そうだよこいつが悪ぃから!」
「……い、て……!」

すぐそばで怒鳴らないでほしいと思う。

がんがんと熱い体に頭に五月蠅い声が木霊して今にも倒れてしまいそうだ。
頭を押さえてみるが一向によくなる気配はない、暗くなる視界の隅で何かがたらりと下りてきた。

もう片方の手でそれを探る。ぬるりとした、それでいてすぐに流れていく液体だ。

――そうか、血か。

先ほど当てられた刃で腕を切ってしまったのだろうが、今の遼介にはどの程度の怪我か判断も付かない。

それよりも腹の方が痛くなってきた。どうしたことか。

「青木の所為だよ!あたしここまで言ってないもん!お腹からも血ィ出てんじゃんっこの子死んじゃうんじゃない?」

「んなこと言うなよぉ!俺愛ちゃんのためを思ってしたんだしよぉ」

五月蠅い。

人の声はこんなにも五月蠅かっただろうかと体が勝手に動き出す。
早くこの声を止めなければ。早く解決させて久遠のところへ行って安心したい、恭介と仲直りをして久しぶりに一緒に笑顔で食卓を囲みたい。

――家に帰らなきゃ。

重たい体を無理に壁から引き離して立ち上がるが、真っ直ぐ立つことが出来ずにゆらゆらと揺れる。

それでもなお視線は目の前の二人から離さない。

「……俺を傷つけたい、なら、もう叶ってます、よね。帰っていいですか」

短い言葉すら途切れ途切れになってしまうが、とにかく今はそんなことに構っている暇はない。
遼介の気迫に二人が息を飲む。

「……っねぇ青木ィ!」
「あ?ああ。いや、今帰したらこいつ俺たちのこと言うんじゃねぇの」
「そ、そっか。ダメ、ダメよ!」

「……言いません、よ」

言わないと返すが、言葉約束だけでは当然信用出来ないと二人は道を開けずにどうするか迷っているようだ。
しかし、ふと指先を見た青木がふっきれた顔で言う。


「もう殺っちゃおうぜ」


思ってもみない科白に驚いた田代が青木を見上げる。すでに出来上がってしまったのか青木の視線がおかしいのが分かる。

まずい、このままでは殺人の共犯者になってしまうと田代は慌てて袖を掴んで止めた。

「青木!いいよ、見つかる前に逃げようっ」
「いや、もう刺しちまったんだ。愛ちゃんだって死んじゃうんじゃないかって言ってたし、こうなったらよ」
「あんたヤバイよ!何言ってるか分かってんの?」
「愛ちゃん大丈夫だって、うまくやるからよ」

田代に不気味な笑いを向けた青木がすでに赤く染まったナイフを高く振りかざす。
暗い細道でそこだけがぎらぎらと光っている。

「く、そ……っ」

ぐらぐらと揺れる視界の中、急所を守るために構え直した。どうなっても帰らなければ、生きて帰らなければ。



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あきゅろす。
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