平穏最後の日(完結)
4
「あーえと、恭兄と何話そうかと思いまして」
「ふーん」
ひょいと後ろを向いた青木が不思議そうに尋ねるが、遼介が答えればそれ以上追及してくることはない。
それにしてもてっきり恭介はいつも通り家に帰るものかと思っていた遼介は、一体何処へ向かっているのだろうと疑問に思う。
さらに言えば、こうして遼介が会ったことのない部下を使って呼び出すことなど初めてだ。
「青木さん、恭兄今日は家にいないんですか?」
「仕事があってまだ外なんだとよ」
「そうですか、まだ忙しいんだ」
「それにしてもこんなんじゃーすぐ危ない目遭うぜ?」
「え?」
「あ」
一歩前を歩く青木の背中を見つめていたはずの視界が一瞬にして揺らぐ。
青木は今何と言っただろうか、そう思う前にだんっと背後に衝撃が走った。
「うぁっ!」
構えていなかったものだから、ひゅっと息が詰まり苦しい。何が起こったのだろうか。
薄目を開けて前を見遣ると青木がにやにや笑う光景が飛び込んできた。
――失敗した。この人は紫堂の人じゃない。
そう悟ったがすでに遅く、捉えられた手首がぎりぎりと音を立てて痛い。
ここでどうにかなるのは好ましくない、逃げ出すことは出来ないかともがくが体勢が悪くこちらから仕掛けることは出来なさそうだ。
そしてさらに悪いことに、青木はぎらりと光るモノを取り出した。
ナイフだ。
「おっと動くじゃねぇぞ、大人しく歩きな」
「…………」
ナイフはまずい、ただの一対一であれば勝機はゼロではないかもしれないがこちらは丸腰だ。
手首を掴まれたまま強引に裏道の奥へと連れて行かれた。
「下手な真似したら、俺びびって手ェすべっちまうかもしれねぇから気を付けて歩けよ」
前回のようにたまたま犯罪に巻き込まれたわけではないので、電話をする余裕も与えられはしないだろう。
無事帰ることが出来るのか、目的も分からないままただただ時は過ぎていった。
「この辺でいっか、人あんま来ねぇとこだしよ」
暴れずに付いてきた遼介に満足したのか、下品な笑いを向けながらナイフをぴたぴたと遼介の頬に当てる。
「怖いか?怖ぇよな?こんなんされたことねぇだろ、まー抵抗しなきゃ死にはしねぇからよ」
「何が、目的ですか」
「あ?よく知らねぇけどよ、愛ちゃんがおめぇを痛めつけたいって言うから」
「……あいちゃん?」
てっきり紫堂の人間だと知られてのことかと思ったがそうではないらしい。
そもそも目の前にいる青木が極道であればもっとまともな、そう、少なくともこんなに行き当たりばったりに思える行動を取るとは思えない。
ということは青木はどんな”種類”の人間なのだろうか。
ナイフをちらつかせながら携帯を弄る青木が顔を上げたと思ったら、笑顔で手を振り出す。
誰か来たのかと思い横目で観察していると路地を覗く人影が見えた。
「愛ちゃ〜ん、連れて来たよ」
「わ、マジで?やったじゃん!」
愛ちゃんという人物が来たらしい、この女の所為で今遼介はこんな目に遭っている。
名前に心当たりはないが、こうまでしてくるということは何らかの恨みを持っているわけで、知り合いかもしれないと近づいてくる女を観察した。
お互いの顔が見える位置まで来ると、女は遼介に向かって一瞬睨みをきかせたあとにっこりと笑う。
「はっはーい、お疲れ遼介君っ」
「あ、なたは……」
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