平穏最後の日(完結)
3
部活帰り、バイトがないので事務所へ寄る時間はある。しかし昨日の今日で遅くなったらきっと恭介はさらに機嫌を悪くするだろう。
確か家に帰るのは遅いと聞いていた気がするがおとなしく家へと戻る。
そんな兄弟同士の距離が微妙に離れたまま、一日、また一日と過ぎていく。
久遠から連絡が来る日もあったが、普通を装って返事をして相談せずに通話を終わらせて後悔する。
このような状態ではよくないことは分かっている。
何か打開策はないかと必死に探した。
そして金曜日、明日は午後からバイトで日曜日は部活があるため、出来れば明日午前中に事務所へ行って久遠に言いたい。
どうにか遼介の方で一歩進めないと、この混沌とした雰囲気を立て直すことは出来ないだろうと思ったからだ。
それにきっと久遠は自分の異変に気付いているとも思っている。
久遠は遼介のことをよく見ている。
ちょっとした仕草や言い方の違いすら気付いてくれる、だから今回も何かおかしいくらいには感づいているかもしれない。
だからこそ言っておかないといけないのだ。
黙ったままでこれ以上こじれたら修復出来る自信はない。
まずは家に帰って明日の作戦を練ろうと向かっていると少し行った先で言い争う声が聞こえた。
なるべく関わらない方がいいと思うがすぐそこがマンションなのでここを通らねばならないし、万が一困っている場合は助けた方がとも思う。
角を曲がったところをそっと覗けば男女が何やら言い合っている姿が見えた。
――何だ、ただの喧嘩かな。
「痛い!止めてよ!」
「別に強くしてねーだろ、ちょっと付いてきてくれればいいだけだからさ」
「そんな怪しいのに引っかかるわけないでしょ!」
どうやらただの喧嘩ではないようだ。
遼介は一瞬ためらったが、二人の近くまで歩みを進めて言った。
「その人嫌がってるみたいですけど」
「ああん?てめぇ誰だ?」
無理矢理連れて行こうとしている男の口から最もな言葉が飛び出すが、遼介も怯みはしない。
「知り合い、じゃないですよね?」
「助けて!」
「お前は黙ってろ!いやーこいつがちょっと我儘言っててよ。知り合い知り合い、心配ないから向こう行っててくんない」
「そんなわけいかないですよ」
「はー?大人にきいていい口じゃねーなぁ」
男の目つきが変わったところで「そろそろ攻撃してくる」と遼介は構える。そこへ妙な声が背後からした。
「おまわりさーん、ここに変な人いますよー!」
「ちッ!ガキが命拾いしたな!」
どうやら誰かが警察を呼んできてくれたようだ、捨て科白を吐いて男が逃げて行った。
被害に遭っていた女の方も「ありがとう!」と言いながら違う方角へ走っていく。遼介自身も騒ぎにならずほっとして振り向くと、先ほど助け舟を出してくれたらしい男が手招きしながら立っていた。
「助かりました」
「いやいや、俺も適当に言ってみただけだしよ」
「いや本当にあのままだったらどうなったか」
お礼を言うために近寄ると、随分と明るい髪の毛の青年だった。
気合いの入った見目であるものの遼介の周り自体がそんな男たちだったりするので、見慣れてしまった遼介は特に怯えることもない。
顔がはっきり見えるところまで寄ったところで、青年は「あれ」と首を傾げた。
「あ、もしかして遼介君か?」
今度は遼介が首を傾げる番だ。確かに合っているが目の前の青年とは面識はない。
「そうですけど、どっかで会いましたっけ」
「会ったことはねーんだけどよ、ちょうど探してたんだよ」
そこでぴんときた。
「お兄さん、恭兄の部下の方ですか」
「おーそうそう、そうなんだ。呼んでるみたいで」
「やっぱり!そうですかー……」
紫堂の関係者によくいる雰囲気だったのだが本当にそうだったらしい。
恭介に呼ばれていると知って、どうしたらいいものかと俯いてしまう。しかし呼ばれているのは仕方ないと、青木と名乗った青年に付いていきながら何から話そうかと考えることにした。
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