平穏最後の日(完結)
4
一瞬驚いたあと、遼介が頷いた。
「あー、うん、そうなのかな。俺、淋しいです。ヤクザに関わるなって言われてるけど、皆悪い人じゃないしヤクザってだけで敬遠出来るほど俺は大人じゃないんで」
割り切れないんです、と苦笑いしながらぽりぽりと頬をかく。
敬遠出来るほど大人じゃないなんてすごい口説き文句もあったもんだ。
〜だったら〜するという常識のかたまりになってしまった大人たちは、ヤクザと聞いただけで離れて行く。
なるべく危険因子は避けたいのが当たり前だ。それは久遠たちだって分かってこの仕事をしている。
堅気の奴らに何ら期待などしていない。
それを遼介は”敬遠出来ない子ども”だと自らを下に下げてなお、久遠たちを受け入れると言っている。
世間から悪い評価しか与えられない久遠たちを真っ直ぐ見据えるこの子どもに、何か分からないが熱い感情が湧き上がるのを無視することが出来なかった。
久遠が園川を見ると、同じような想いなのか固く握った拳が僅かに震えるのが見て取れた。
「そんなに熱烈な科白かまされたら断れねぇなぁ」
久遠は茶化すように言っているが、遼介を見つめる瞳はひどく優しい。
人を人と思わないような態度が常の男がこのような顔をするのは初めてではないのか。
園川は園川で、初めて見る久遠の表情に驚いていた。
「あー……とりあえ「お疲れ様ーっす!!」ああ?」
タイミング悪く帰ってくる男、斉藤。
「うっす。あれ、園川さんもう戻ってきて良かったんすか」
小宮山も一緒だったようで、久しぶりに見る先輩に挨拶をする。
その横で斉藤が目を見開いて園川を見ていた。
「園川さんお久しぶりっす! ……つーことは、久遠さんの悪行バレたってこと?」
「……うっせぇ」
邪魔されたおかげで苛々しだした久遠は、まるで仕事時のような冷たい視線を斉藤に送る。
また一言多かったと後悔してももう遅い。
きっと面倒な仕事か一発くらいはきついものをくらうだろう、と斉藤は肩を落とした。
「せっかくの良い雰囲気を邪魔しやがって……。明日のあのだりぃ見回り一人で行って来い」
「はいっす……。すんません」
「もう帰って来なくてもいいぞ」
「そんなっ勘弁してください!!」
焦って久遠に縋ろうとして斉藤が顔を上げると、そこにはいつものにやにやとした表情が見てとれた。
本気ではない、からかいの表情。
ということは全然怒っていないということだ。
何故こんなに上機嫌なのだ? 斉藤は本気で分からなかった。
「まあ阿呆は放っておいて、遼介どうする。もう手伝いはしなくても良いが……ここに来るか」
久遠の科白に事務所の全員が息を飲んで遼介を見つめる。
遼介は久遠を見たまま固まっている。
どっちだ、早く答えてくれ。一介の高校生相手に、ヤクザがビビるなど。
「いいんですか」
久遠が笑う。
「いいぞ。いつだって歓迎だ、園川もそうだろ」
園川が眉を一度ぎゅっと顰めたあと、脱力したように息を吐いた。
諦めた、と言った表情だ。
「ええ、そうですね。貴方の言うとおりですよ」
苦笑いする彼はまるで自分に言い聞かせているようだった。その後ろで小宮山が溜め息を吐き、斉藤が目を輝かせていた。
「ぃやったー!! 遼介君俺の愛車でまたドライブでもしようぜっ!」
「秀一さん! いいんですかー!」
「お子様たちは騒がしいぜ」
斉藤が五月蝿くしても文句を言わない、しかも鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌な久遠。
この男を、人が苦しむ顔が一番の好物の男をここまで変えるなんて。
そう思い園川はまだ二回しか会ったことのない少年を見つめていたが、先ほどの遼介の科白が横切りそれもそうかと納得してしまうのだった。
ふいに久遠が立ち上がり、だるそうに歩き出す。
「俺ァ寝るからアポの時間になったら起こせ」
「はい、分かりました」
すでに作業に入っていた小宮山が答える。
「じゃあな。遼介」
遼介の前に立った久遠がゆるく微笑む。
そしてはい、と微笑み返した遼介の唇目掛けて噛み付いた。
「おやすみのキスだ」
それだけ言うと、真っ赤にした遼介を置いてすたすたと仮眠室へと入ってしまう。
「……これはどういうことだ、小宮山斉藤」
そんな久遠に対し、残された者たちは園川の黒い黒い笑みのせいで凍っていたとかいないとか。
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