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平穏最後の日(完結)
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恭介に手を引かれて戻ってきた自宅、ダイニングテーブルに向かい合って座ったままもう数分経っている。

中々視線を合わせられずにいた遼介だったが、空気が変わったのを感じてやっと顔を上げた。
そこには普段遼介には見せない冷たい顔があった。

「遼」
「はい」
「何故あそこにいたんだ。正直に言え」

何故、と言いはしているが、恭介はその理由が分かっている。遼介はそう感じた。

今ごまかしたところで何もいい方向には進まないだろうことはひしひしと感じているので、言われた通り正直に話すことにした。

「久遠さんの家に遊びに行ってました」

「…………」

この空間には恭介と遼介の二人きりで、いつもならたいていいる部下の一人もいない。
その分室内の空気がどんよりと重く遼介にのしかかる。

遼介の答えに眉間の皺が一つ増えた恭介が、長いため息のあとに低い声で呻る様に言った。

「そりゃあ、歓迎出来ねえな。それが”普通”に遊びに行っただけだとしても、だ」
「何で!仲良くしたっていいだろ」

「一つ聞くが、仲良いってだけだろうな?」

「……ちょっと前から付き合ってる」


完全に空気が固まった。

恭介が仕事時を彷彿とさせる普段遼介に見せない瞳で見つめてくるものだから、よく知る兄であるのにぞっとしてしまう。
こんな顔をさせてしまって申し訳ないと思う反面、質問に嘘一つなく答えたのに何故という疑問も湧いてくる。


「やめろ」

室内と同じ冷たい言葉が遼介を貫いた。

たった一言、たった三文字が今の遼介にはひどく痛い。
うまいこと考えられなくなった遼介は咄嗟に声を荒げてしまう。

「恭兄が言うことじゃないだろ!そりゃ男同士なんて反対だろうけど」

「そうじゃない!」

遼介の言葉を遮るように恭介が大声で言う。

びくっと肩を揺らした遼介を見てばつが悪そうに頭を掻いた。

「ああ、悪い。ついかっとなって、とにかくそうじゃないんだよ。百歩譲って男同士はいいとしても、久遠はだめだ」
「久遠さん良い人だよ」
「騙されてるとか言ってるわけじゃねえ、ダメなものはダメだ」
「……俺は別れないっ」

勢いよく立ち上がって自室へと消えていく遼介に恭介がそれ以上言うことはなかった。



初めて兄である恭介に反抗した。

恭介と出会って、一緒に暮らすことになって、遠慮なく過ごしていても今まではこんな風に反抗するなどあり得ないことだった。
事が起きた今でさえ自分自身が信じられない。

だが、それ以上に久遠とのことを真っ向から否定されたことがショックだった。

――男同士ということを差し引いても反対する理由ってあるのか?

恭介と久遠との間に遼介の知らない確執があるのか、はたまた久遠の中に恭介の心配するようなことでもあるのか。
何にせよ、理由があろうと無かろうと久遠とこのまま別れるという選択肢など出てくるわけもない。

携帯を手に取り久遠に連絡しようとディスプレイも見つめるが、結局この日は連絡出来ずに終わった。

寝る準備をとそろりとドアを開けて恭介に出会うことなく洗面所へと滑り込む。
リビングの電気は点いているので外へは出ていないようだ。

先ほどの気持ちを落ち着かせるにはまだ時間が足りないため、今日は話をするのはよそうと部屋へ戻った。

言い争いらしいものすら経験のない遼介はどうすれば最良なのか分からない。

ただただ深い眠りについて、夢を見ることなく朝を迎えられることを祈るしかなかった。

無理矢理横になって目を瞑る。
しかし願い虚しく眠りにつくことすら出来ないまま、時間だけが過ぎていった。



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