平穏最後の日(完結)
19
「いってきます」
「遅くなるなよ」
恭介に見送られ家を出る。
今日は友だちと遊ぶと言ってあるし遅くなる予定も無いので大丈夫だと安心し、待ち合わせ場所に歩く速度も段々と速くなっていった。
もう冬の装いの街は木も草も色を無くしてしまったが、それを補うかのように華やかなイルミネーションで彩られている。
綺麗な風景に囲まれながら待ち合わせ場所を目指す。
十分前と少々早く着いたが、今日はそれほど風も無いため寒さに震えることもないだろう。
そう思って事務所下のところまで着くと、意外にもすでに久遠が立っていた。
驚いた遼介は思わず足を止める。
もし遼介が時間通りに着いたとしたら、少なくとも十分以上は待たせたことになる。
早く着いているということはその程度は待つ気でいるということだ。
嬉しいやら申し訳ないやら気持ちが乱れつつ、止めていた足を動かして久遠の元へ走った。
「久遠さん!」
「おぉ、早いな」
「久遠さんだって。待った?」
「いや?今来たとこだ」
何だかよく聞く科白を言っている気もするが、二人で事務所から離れて歩き出す。
「何か買い出しして家で食うか」
「うん」
一歩前を歩く久遠は優しい口調で提案してくるので、遼介も笑顔で返事をする。久遠の家は久しぶりなので少しだけ嬉しく恥ずかしい。
そのままの距離で歩いていると「横に来い」と言われて一歩前へ出る。
並んで歩くなど今までもしてきたはずなのにどこか違う。
普段は饒舌ではない方の久遠だが、最近はよく話すし笑う。
会話を楽しんでいるとすれ違った女が驚いた顔をしていたが、久遠の知り合いかと振り向いた時にはもういなかった。
「どうかしたか」
「いや、何でもないよ」
気のせいかとまた前を向くともう目的地に着いていた。
スーパーにでも入るのかと思っていたが違っていたらしい。
老舗の雰囲気溢れる惣菜や和食が並ぶのがガラス越しに見える。見ているだけで匂いがこちらまで届いてきそうだ。
「美味しそう」
「たまに来るんだ。今までは作ってくれる奴もいなかったんでな」
今はいるとばかりな言い方に顔が熱くなる。確かに以前肉じゃがを作って持っていった、きっと久遠はそのことを思い出したのだろう。
そういえば今日のラインナップといい肉じゃがが好きだと言っていたことといい、和食が好きなのかと久遠を見る。
「和食が好きだったりする?」
「あー、別に何でもいいっちゃあいいが和食は結構食う」
「そっか。俺も和食好きだよ。紫堂の家も和食多かったし」
「あそこのオヤジは今は和食オンリーだから仕方ねぇ」
「さすがに年なんだろ」と会長である光春を揶揄するも口調は温かい。久遠なりに大切に思っているようだ。
「おじいちゃん元気だよね」
「まあな。まだしばらくくたばらねぇだろ」
紫堂の人間のことを話しつつ店内を見て回っては目に付いた惣菜たちをお盆に載せていく。
二人では若干多い程度になったところで会計を済ませた。
外に出ると、暖かいと言ってもやはり店内との差でぶるりと震える。しかしそっと距離を詰めてくれる久遠の体温が心地良い。
久遠の家までは少し歩くが、重い荷物も無いのでゆっくりと歩いていくことにした。
「もうすぐ年末だな」
「久遠さんは実家帰ったりする?」
「多分帰らねぇ、もう二年以上戻ってねぇし」
「へー、遠いからかな……」
「そんなとこだ」
久遠の家はいつ来てもどことなく緊張する。
もしかしたら、単純に他人の家に遊びに行くという経験が少ないからだけかもしれないが、早く慣れてくれないだろうかと自身に問うてしまう。
「おじゃましまーす……」
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