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平穏最後の日(完結)
17



「いらっしゃいませー……!」

「……よぉ」

その日の放課後、バイト先でレジ前に立っていると客が入ってくるのが見えたのでお決まり文句を言う。
そのまま視線を客に移せば、学校でメールを送った本人が立っていて驚いた。

まさか久遠がここに来るとは思わなかったのだ。

目を見開いたまま固まっていると久遠が薄く笑って声を掛け、雑誌コーナーの方に入っていった。

本当に何か買う物があるのかもしれないが、たいていそういう場合は斉藤に行かせるのでおそらく遼介の様子を見に来たのだろう。

もしかして自分に会いたかったのだろうかと舞い上がる気持ちが抑えられない。

顔が赤くなっていないかぺちぺちと頬を触っている遼介の元に、慌て気味でバイト仲間の吉沢がやってきた。
振り向くと口をぱくぱくさせて「あ、あ」と言っていて意味が分からず首を傾げる。

「どうしたんだよ」

先ほどまで商品の補充をしていたはずなのに、何か間違いでもあったのかと不思議に思う。


「あれ、あれ」

「あれ?あっちに何かあんのか」

小さく指差しながら「あれ」と言うのでそちらを覗くが特に変わった感じは見受けられない。

「何か、てか客だよ。今入ってきた客、前に遼介のこと聞いてきた人」
「へ、そうなのか?いつのことだろ」
「絶対危ない人だよ、大丈夫か遼介ェ……」

半泣きな吉沢に気付かず、そんなことあったかと考えるがいまいち思い出すことが出来ない。

それもそのはず、以前遼介が犯罪に巻き込まれた時に探す手立てとしてここに久遠が来ただけなので、それを教えられていない遼介本人は知らないのだ。
まあいいか、と吉沢を見ると目に涙が浮かんでいてぎょっとする。

「あの人は俺の知り合いだから大丈夫だよ」
「ほんとか?ヤバい人じゃないのか?」
「ヤバ……くない、大丈夫」

ヤの付く職業なのでヤバくないこともないと思ったが、自分にとってはヤバくないどころか恋人なわけなのでちゃんとフォローしておく。

吉沢はそれでも心配なのか耳元に顔を近づけてこそこそと話す。

「ストーカーじゃないよな?」

「ぶっ!」

思わず吹き出してしまった。

あんな強面がストーカーだったらすぐに警察に通報されそうだと、仮にも恋人相手に失礼なことを思ってしまったがそれくらい似合わないということで許してもらおう。

「だいじょぶだいじょぶ。本当に知り合い、それに兄ちゃんとも知り合いだから」
「なんだそっかぁ、すげー怖い人だから心配しちゃったぜ」
「うん、ありがとう」

久遠に対して失礼なことを言われたし自分でも思ってしまったが、心配してくれているだけなので問題ない。

少しすると、雑誌とコーヒーを持って久遠がレジに戻ってきた。
吉沢は遼介の横でびくびくしている。


「また仕事?」
「ああ、抜けてきただけだからな」
「お疲れ様、無理しないで」
「そりゃこっちの科白だ。学校部活にバイトでぶっ倒れんなよ」

久遠が出て行ったドアがぱたんと閉まりほっと吉沢が胸を撫で下ろす。


「マジで知り合いだったんだなー、しかも仲良さそうじゃん」

よかったよかったと言ってくる吉沢に、誤解の解けた遼介もやっと安心した。これで「恋人です」と言ってしまいたいところではあるが、さすがに簡単に言うことは出来ない。

「うん、普段お世話になってんだ。ちょっと怖そうに見えるけど優しいよ」

「へー、人は見かけによらないってほんとだな」

優しいのは自分限定で、遼介以外にはまさに見かけ通りなのを知らない二人はほっこりした気分で残りのバイトに励んだ。
あまりイベントごともないこの時期は比較的暇で、久遠の一件の他は特に変わったこともなく一日が終わる。



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