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平穏最後の日(完結)
16



久遠ががちゃりとドアを開けて廊下を渡っていくと、受付の手前で先ほどの女が立っていた。
何やらこちらを見ているようだが関係ないので無視をする。

すれ違う瞬間「あの」と声を掛けられた。

「お疲れ様ですっ!これ良かったらもらってください」

「あ?」

香水の匂いをぷんぷんさせて小さな紙を突き出してくる。よく見ると名前とアドレスが書かれているようだ。

面倒としか思えない行為に一瞬目を細めるが、気に入っている場所へ今後来られなくなるのも困りものなので、なるべく穏便に事を進めるしかないとついに口を開く。


「いらねぇ、うちの甘えたな犬ころがそんなん持って帰ったら嫉妬するからな」

ぽい、と使っていた備品のフェイスタオルをその紙の上に放るとそのまま帰ってしまった。
呆然とする後ろで仲間が苦笑する。

「ほらね、あんたも変なことしないの」

「……格好良い〜」
「え」

てっきり落ち込んでいるかと思っていたのに、顔を覗いてみれば先ほどより完全に”ハマってしまった”顔をしている。
ここまできてしまってはもう何を言っても無駄だ。

「あんなぶっきらぼうな感じなのにワンちゃん飼ってるんだ、かわい〜!」
「いや、体のいい断り文句か彼女がいるってことじゃないの?」
「そんなことないよぉ、あたし頑張っちゃおうかな!」
「今の会話のどこに頑張ろうと思う要素あったの……」
「明日美容院行って髪の毛いじってこよ!」

断られたはずなのに何故か上機嫌の彼女は、鼻歌どころか普通に歌いながら業務に戻っていく。

それをバイト仲間は生温い目で見守っていた。

「絶対あの態度は相手いる人でしょ……」







「あ、今日バイトの日だ」

平日のバイトは日数が少なく、基本的に人手が足りない時に出ているだけなのに曜日もまちまちだ。
手帳で予定を確認すると今日が今週のバイトの日だったらしい。
高校生という年齢もあり部活終わりから三、四時間程度働くだけだが、バイトで疲れているので短時間なのはこちらも都合がいい。

それにしても久遠と二人で会ったのは先週末に偶然会った一回きりなので、そろそろ会いたいとも思う。

何よりサプライズでもらった土産の礼も言っていない。

「どうしようかな」

少し迷ったが、久遠にメールを一通送ることにした。


『今日はバイトです。週末までに予定が合うといいですね』

「あ」

打ち終わってから気が付いてこそこそと直す、打ち直した文章がしっくりこないが慣れるまでは仕方がない。

『今日はバイトだよ。週末までに予定が合うといいね』

旅行先で会ったあの時に、敬語を使うなと言われたのを思い出したのだ。

年上に、しかも久遠のようなほとんどの者が敬語を使う人物にタメ口など未だ腰が引けてしまう。
ましてや「恋人」と久遠に言われた時はもう気持ちが体から離れてふわふわと飛んでいってしまった程だ。

実際に会って敬語を使わずに話せばいずれは慣れるだろうと、やっとの思いで送信して携帯を仕舞う。

もうずいぶん寒いのでバイト帰りに中華まんでも買って帰ろうと呑気に思いながら一日過ごした。



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あきゅろす。
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