平穏最後の日(完結)
8
「じゃあここ」
「随分と渋いとこ選ぶな」
遼介が選んだのは、古都の街並みを楽しめるところと寺社巡りだった。
ハーフな見目に反してこういう日本的なところも好きらしい。
「お寺とか修学旅行でしか行ったことないからさ。片瀬さんも古都のとこでお土産見たいって」
「はい、調理場の人たちに何か買おうと思いまして」
「そうだな、じゃあ金は出すから人数分買っておいてくれ」
「わ、分かりました。出して頂いて申し訳ありません」
「問題無い、どうせなら全員分の菓子でも買って紫堂の家に送っておこう」
廊下で待機していたもう一人の部下も呼んで土産物の手配をする。
明日は観光をしたあとに百単位の買い物をすることになるらしい。土産物屋の人が大変だと遼介はぼんやり思う。
今まで何かをそんな風に莫大な単位で買ったことなどもちろんない。
改めて自分が大きい組織に身を落としているのだなと感じた。
「じゃあ飯食ったら風呂入るか」
「入る!」
温泉!と張り切る遼介。ここは景色が見渡せる露天風呂に部屋付きの小さな露天風呂もある。
どれに入ろうかとわくわくする遼介に「全部行きゃいいだろ」と恭介は笑った。
夕飯では旅館のもてなしに感動し、食べて味にも感動する。
旅館自体は修学旅行で泊まったことはあるが、一般客の団体としてなので部屋でゆったりと豪華な食事というのは旅行としては初めてで、一つ一つに心動かされる。
たらふく食べたあとはしばし休憩と思いきや、二十分程でもう風呂の準備をいそいそとし始めた。
「もう行くのか」
「うん、遅くなると眠くなりそうだし」
「そうか」
特に反対するでもなく恭介も準備を始め二人で風呂に向かう。
がらりと風呂へ入るとほとんど人はおらず貸切状態だ。むろん、それは恭介が部屋を余分に予約をして宿泊している人数が少なくなるようにしているわけであるが、遼介は知る由もない。
「広い、寒い、良い景色!」
「体洗ってから入れよ」
子どもに言うようにたしなめられるが、素直に「はい」と返事をしてぱぱっと体を洗って湯船に浸かる。
夜になり大分冷えるが、温泉に入ってしまえばすぐに汗が滲む。
「ああー」
「はは、恭兄ジジ臭い」
「うっせえ」
「あはは」
二人で夜景を楽しみながら笑い合う、それだけで楽しい。
「遼介、前より筋肉付いたな」
ふと横に視線を向けると、肩から腕のラインが見えて触ってみる。筋肉を付けたいと言っていたが努力しているようだ。
「分かる?自主練増やしたから前よりは付いたと思うよ」
「良いことだ、無理すんなよ」
「うん、体重もちょっとだけ増えたし」
「まあ、俺は今くらいで十分だけどな」
「何で?」
恭介は遼介の背中に腕を回してぐいと引き寄せる。
「このすっぽり収まる感じが良い。それにガチムチの弟なんて兄として何か嫌だろ」
「ガチムチって!さすがにそんなにはなんないよ、でももっと背ほしい」
家系的にはまだ伸びる余地はありそうだが、まだ恭介と身長差が大分あることを気にしているようだ。
背丈についても先ほどと同じ理由で遼介はこれで十分だと思っている恭介だったが、「そうだな」答えて頭を撫でた。
「仲良いなー」
片瀬は見張りで脱衣所に待機しており中の様子をと一度風呂を覗いたのだが、二人がくっついて会話している景色だけが確認出来る。
にこにこと仲睦まじい二人を幸せそうに見る片瀬の横で、普段の恭介の兄バカぶりを知るもう一人の部下は「またか」と若干呆れていた。
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