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平穏最後の日(完結)
7



一方遼介恭介組。

「景色すごい!恭兄も見てみなよ」

「ああすげえ、最近旅行らしい旅行も行ってなかったからたまにはいいな」

高層のホテルではなく、古き良き上品な旅館に泊まるのも久しぶりで恭介も日頃の疲れを忘れてしまいそうだ。
窓から見える景色は余計な建物も無い紅葉広がる大自然。

急ぎの仕事は無いし、念のため神田も相馬も置いてきたのである程度のことが起きても対応してくれるだろう。

謙介が「俺も行く」と年甲斐もなく駄々をこねていたが無視した。
そもそも、まだ頂点に立ってから日も浅いので仕事は山ほどあるし下手に出歩くのは好ましくないはずだ。
というわけで謙介は母に任せて兄弟水入らずでやってくることが出来た。


「お待たせしました」

控えめなノックのあと襖がゆっくりと開かれ、いつぞやに遼介がお世話になった片瀬が立っていた。
手には飲み物が握られている。

何故ここに片瀬がいるかというと、いつもの二人を置いてきてしまったため誰か信用出来る者ということとこの間の礼に観光していいからと連れて来たのだ。

片瀬自身借金を背負っていて旅行という行事からずっと遠ざかっていたので大層喜んだ。

しかも恭介だけであれば緊張してどうしようもないだろうが、料理の一件で仲良くなった遼介もいるのだから迷うことなく「行きます」と返事をした。

「有難う御座います」
「いえ、俺も飲みたかったですから」
「もらおうか」

片瀬も一人掛けのソファに腰を掛けて喉を潤す。
この部屋は土足で上がるリビングの部分以外は和室になっており、井草の良い匂いが漂ってきてそれだけで癒される。

きょろきょろと部屋を見渡して視線を手元に戻す片瀬。
片瀬と護衛にと連れて来たもう一人は隣の部屋だが、そちらも十分広く恐縮してしまう。

――俺なんかにもこんな良い待遇で申し訳なかったな。

ちらりと恭介を見遣る。
同じ年齢とは思えない落ち着きと風格、立場の差があまりにも激しくて最初の頃は自分がみすぼらしく思えたものだが、こうして年を重ねていくと恭介の大きさが嫌味のない純粋なものと分かり尊敬に変わっていった。

さすがにこうして近くにいるのは未だに萎縮してしまうものの、慣れている遼介の顔を見ると心も落ち着く。

恭介の弟であるのに純真無垢で、見目は華やかであるのに控えめ。しかしやはり何処となくオーラが漏れてきていて上に立つ者なのだと分かる。

弟のいない片瀬なので、こんな弟がいたら皆に自慢して回りたいと思ってしまう。

そう思っていると見過ぎたか遼介と目が合い微笑まれる。

――綺麗な笑顔だ。


「どうしましたか?」
「いえ、ここは落ち着くと思いまして。本当に今回は有難う御座います」
「俺は何もしてませんよ」
「そんなことないです」

笑ってくれるだけで幸せになれるということはすごいことだ。

もう自分はこの道に足を踏み込んだら最後、結婚はおろか友人ですら失う覚悟だった。もちろん今だってそうだが。
その中で笑顔をもたらしてくれる遼介は非常にありがたいと思う。

友人も一人二人は声を掛けてくる者もいる。
もしかして自分は悲観する程悲惨な人生ではないのかもしれないと思い始めていた。


「あ、片瀬さん。明日何処行くか決めません?恭兄が好きなところにしていいって」
「本当ですか。俺この辺初めてなんでいくつか調べて来ましたよ」
「すげえ、見せてもらっていいですか?」

きゃいきゃいはしゃぐ遼介を見ながら飲むコーヒーがよほど美味いようで、恭介も大分リラックスしている。
誰にも邪魔されずに誰にも会わない場所でゆっくりするのは、恭介にとっても良い休暇になったようだ。

「遼、近場なら何処でもいいからな。金のことも気にすんな」



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あきゅろす。
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