平穏最後の日(完結)
19
そうこうしているうちに教師に言われた時刻になり後片付けをして慌ただしく着替える。
「俺汗臭くないかな」
「だいじょぶだいじょーぶ」
ぽんぽん、と軽く肩を叩いて坂本が笑う。
「俺も汗臭いから一緒」
「いやそれじゃ臭いってことじゃないか!」
「ひゃひゃっ」と声を上げて笑う坂本に遼介がツッコんで二人して笑い合う。
昇降口を出て校舎を見上げれば、すでに準備も終わったのかほとんどのクラスの電気が消えていた。
すでに陽は傾き二人の影が長く伸びる。
「おーまだ夕方なのに暗くなってきた」
「もう秋だもんなー」
涼しくなって良いと運動後の爽快感を残したまま校門を出た。
「あのっは、原田君」
するとそこに他校と思われる女子が二人。
「はい?」
名前を知られているのに遼介は声を掛けてきた女子を知らない。どういうことかと首を傾げる。
もじもじと恥ずかしそうにする子を見て、もしかして中学の同級生だったかと思うがやはり思い浮かぶ名前が無い。
横の坂本を見遣るが、少し離れたところで待っており傍観する気満々だ。
「えーと、どこかで会いましたっけ」
「いえっ会うのは初めましてで……私が一方的に知っているだけで」
「そ、そうですか」
「それであのこれっ」
一方的に知っていると言われて少しだけ怖くなったところに、ずい、と袋を目の前に出された。
中を見るとどうやらクッキーが入っているようだ。
「この前バスケの試合で見かけて、良かったらもらってください!」
ああ、そういうことかとやっと納得がいってほっとする。
どうやら好意を持ってくれたらしくプレゼントを渡しに来てくれたということか。
「じゃあもらいます、ありがとう」
にこりと笑って受け取ると、面白いくらいに顔を真っ赤にさせて「そんなこと」とぶんぶん両手を顔の前で振っていた。
「受け取ってくれて有難う御座います!応援してます!」
ぺこっとお辞儀をして待っていたもう一人と去っていった。まるで嵐のように一瞬の出来事だった。
呆然としたまま袋を持って立つ遼介に坂本がにやにやしながら肩に手を置いて言う。
「遼ちゃーんモテんねー。今のコ清純そうで可愛いじゃん」
「えっ…あ、うん」
もらったプレゼントを見る。
そこでやっと理解が追い付き遼介は赤くなった顔を手で覆う。
「応援してくれてるだけだろ」
「いやあれは完全に狙ってるよ。また来たらどうすんの?」
「どうするってそりゃ……断る」
「えーもったいない」と横で騒ぐ坂本をよそに暗くなった空を眺めた。今日は月がよく見えそうだ。
誰かと付き合うなど一度も考えたことが無かった。
キスしたことだって家族以外は久遠だけだ。
――つーか、うわっ……思い出しちゃった。忘れてたのに!
「まあでも遼ちゃんに彼女出来たら淋しいからやだしなっておーい遼ちゃん、聞いてる?」
ぼーっとする遼介にひらひらと目の前で手を振ってこちらへ気を引かせる。
「わっああ、聞いてる聞いてる」
「ほんとかー?」
せっかくの女子からの勇気に思い出されたのは久遠で、遼介は複雑な気持ちになった。
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