平穏最後の日(完結)
13
「有難う御座います」
退室する際に礼を言い廊下に出る。
待機していた男は二人の後ろに付き歩き出した。その時次の番のクラスメイトから「遼介って金持ちなんだな」と耳打ちされて苦笑いしてしまう。
「あー緊張したぜ、敬語も普段使わねえしな」
「大丈夫だったよ」
「そうかあ、とにかく遼介がいかにいい子だって聞けて良かったぜ」
「そんなに褒められてないよ」
「車をこちらに持って参りますので少々お待ちください」
二人から一歩離れて歩いていた男が頭を下げ歩いていく。
「あの人初めて見た」
「情報部の奴だから普段は会わねえな。高校に来るって言うから真面目そうな見た目の奴選んだんだ」
「へー」と男が消えていった駐車場を見遣る。
相馬もそうだが今日の男は本当に真面目そうで、何故この世界を選んだのかと思わず聞いてしまいそうになる程だ。
もし自分が働くことになってもそう見られるのだろうかと思う。
だって自分は父や兄のように上背があって逞しいという程でもない、どこにでもいそうな存在だ。
それが皆の役に立てるのか。
ちら、と不安になり横の父を見上げる。
兄と同じような笑顔を浮かべる父。
まだ時間はある。
少しずつ距離を縮めていこう。
自分の気持ちにとりあえずの終止符を打って紫堂の家へと戻っていった。
「なあなあ」
「えっと」
翌日教室へ向かっていると他のクラスの生徒に話し掛けられる。確か一年の時に同じクラスだった生徒だ。
仲が悪いわけではないが特別仲良くしていたわけでもないため、何故話し掛けられたのか不思議に思う。
「原田昨日運転手付きだっただろ」
「ああ、あれはお父さんの部下の人で」
「マジか!やっぱ金持ちなんだ、原田の家って何かやってんの?」
内心びくりとする。
「会社やってるよ、兄ちゃんが社長でお父さんがその上で……」
「やっぱり!くあー会社やってるとかかっけーな」
その言葉で満足したのか「サンキュー」と生徒は教室に入ってしまった。
嘘は言っていない。
恭介は社長をしているし、謙介もフロント企業のいくつかに名前だけだが籍を置いている。
しかし実際のところは極道の家。
ずきん、と胸がひどく傷んだ。
今まで深く考えたことはなかったが、一般的に極道の家庭の子どもとなんて関わり合いになりたくないのではなかろうか。
家族も組の皆も優しくて強くて大好きだ。
それでも世間に胸を張って主張出来る仕事ではなかった。
――分かった。
何故あの時山崎に家のことを説明しなくてほっとしたのかを。
皆が好きなのにどんな家だって大好きなのに、知られたらどうなってしまうのだろうかと受け入れてもらえるのだろうかと。
でも嘘は吐きたくない。
沢山の気持ちがぐちゃぐちゃになって、体と心が引き剥がされそうだった。
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