平穏最後の日(完結)
11
「おい、美弥」
「はいよ」
「この眼鏡おかしくねえか?」
「何度も言わせなさんな、おかしくないから早くいってらっしゃい」
三者面談当日、何度も恰好について聞いてくる謙介にいいかげん煩わしくなった美弥は、さっさと行けと手で払う。
その間も門の前で待たされている運転手はずっと立ちっぱなしだ。
やっと現れた謙介に男はほっと一安心した。
「待たせたな、今日は遼介の高校に行くからそれなりの対応をしろ」
「はっかしこまりました」
運転手役に選ばれた男は深々とお辞儀をした。
紫堂の中でも真面目そうな、と考えられた結果、冴子が所属する情報部なら事務的なこともしているしサラリーマンと同じようなものだろうということになった。
目の前の男も期待を裏切らず平均的な上背に程よい筋肉でよっぽどでなければ極道には見えない。
満足そうに頷きながら車に乗り込んだ。
高校へ向かって走る車の中で男は問いかける。
「会長、私は坊っちゃんの面談中何処で待機していれば宜しいでしょうか」
「あー廊下ででも待っててもらうか」
「かしこまりました」
広い車内でゆったりと足を組んでシートに寄り掛かる姿は、普段より地味な恰好をした今でさえ様になる。
眼鏡をしていてもどことなく醸し出される雰囲気は到底単なるサラリーマンのそれではなかった。
男は緊張でハンドルを握る手につい力がこもってしまうのだった。
高校の駐車場に停めて後部座席のドアを開ける。
「会長着きました」
「お、ここか」
初めて見る息子の高校を眩しそうに見上げる。
昇降口で来客用のスリッパに履き替え歩いていると、部活に向かうであろう生徒たちからちらちら見られるのを感じた。
そっと小声で横にいる男に話し掛ける。
「おい、俺変じゃねえよな?堅気に見えてるか?」
「多分大丈夫だと思いますが、会長からはオーラが出ていますから……」
「オーラ?極道のオーラじゃねえよな?今日は真面目な会社の会長ってことで来てる設定なんだよ」
「はあ……」
眉間に皺を寄せてぶつぶつと呟く謙介の代わりに周りを見渡せば、確かに生徒たちがすれ違う際こちらを見てくるのが分かった。
恐らくは面談の時期だと知って誰の親なのか気になっているか、お付きの者をつけている謙介をもの珍しく思ってのことだろう。
会長の滅多に見られない顔を間近で見られ、これは帰ったら情報部に報告せねばと思うのだった。
しばらく歩くと遼介の教室が見え、廊下に並べられた椅子に遼介が座っていた。
「お父さん!」
謙介に気が付いた遼介が満面の笑みで手を振る。謙介も笑って振り返した。
「次だよ」
「丁度よかったな」
「お父さんその恰好も格好いい」
何だかんだ不安に思っていた恰好を遼介に褒めてもらえ、感極まった謙介がぎゅうっと抱きしめる。
その強すぎる腕の中で遼介は「ぐえ」と呻き声を上げた。
「あの、ここ廊下だから」
さすがに恥ずかしいのか遼介が言うと「すまんすまん」と謙介は悪びれずに笑い椅子に座る。
ちら、と遼介が謙介を見上げた。
顔の表情がいつもより固い気もするが、威風堂々と座っている父を見て素直に誇らしく思う。
――やっぱりどんな恰好でもお父さんらしくていいなぁ。
一方謙介はこう思っていた。
――やべえ、面談てそういえば何話しゃあいいんだ。めっちゃ緊張してきた。
恭介の時に美弥にまかせすぎたと今更ながら後悔していた。
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