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平穏最後の日(完結)
8



「良かった!」と喜ぶ遼介にぽん、とピックアップした大学の資料を渡す。

「金曜日までに出せよ、別に大学名はまだ適当でいいから」

「それより……」と山崎が言いよどむ。
他に聞いていたこともないので何事かと遼介は首を傾げた。

「進路調査の紙提出したら今度は三者面談があるんだよ。ただ、何だ……原田のところは保護者はお兄さんになってるが」

土曜日に遼介に会った帰り何か気になっていた山崎は今日HRが始まる前に生徒の資料を見直した。
すると保護者欄は確かに記憶通り「兄」となっていたが、苗字が原田ではなく本山だったのだ。

何かの便宜上なのか複雑な事情があるのか、そもそも親がいると言っていたが何故保護者ではないのか。

分からないことだらけだった。

しかしそれを問い詰めることは行き過ぎた行為にもなってしまい、このような遠回しな言い方になってしまったのである。
ただし三者面談は嘘ではないので、早めに解決させておきたいのも事実だ。

遼介は「三者面談」と反芻しながら目を丸くしていた。
それから少し考える仕草をした後に微妙な顔をして答える。

「うちから誰が来るのかはちょっとまだ分かりません。保護者の欄は親と離れて住んでいるので兄にしてるだけで、実際は両親ともいるんで心配しないでください」

「そう、か」

ぽりぽりと頭を掻く。この気持ちを話すべきかまだ迷っていた。

「あの、保護者が兄って変なんでしょうか」

恭介が遼介の全てを世話してくれているので保護者としての務めは完全にこなしている。
一方山崎は自分の引いた状態が捻じれて遼介に伝わってしまったと慌てた。

「いや違うんだ、変でも何でもない。ただ苗字が違うから何でかと思っただけで、すまん」

普段からよく大人の話を聞く素直な生徒にこんな思いをさせてしまって申し訳ない。
そう思った山崎はこちらも素直に出ることにした。
すると遼介はそんなことを言われると思っていなかったようできょとんとしている。

「苗字……ああ!えーと確かに違うと気になりますよね、すみません。これはいろいろ事情があって話すと長くなっちゃうんですけど、戸籍上は家族全員「堂」っていう苗字なんです。だけど仕事上とか俺が母(継母)方の苗字使ってたりとかでややこしくなってて」

「なるほど、ややこしいな」

今の母である美弥が義理の母であることまでは言う必要もないかと、本当に簡単に説明する。
ややこしいが全員実際は同じ苗字なのだと伝えれば、山崎は笑ってそう言いもう聞いてくることはなかった。

何となくほっとする。

――あれ、何で俺ほっとしてんだ?

説明するには時間ももしかしたら事件の一端を話さなければならない可能性もあり好ましくないことはもちろんだが、何故ほっとするのかが分からない。

――家のこと話したくなかったとか。

そんなはずはないと首を振った。
家の人は皆大好きだしよくしてくれる、自分にとって嫌なところは何もないはずだ。

――あ、恥ずかしいってやつか。

いまいち記憶が戻ってから、今までの自分と高校生としての自分の気持ちが混ざり合って本当は自分がどう思っているのか分からなくなってくる。
とりあえずは恥ずかしいのだろうと結論付けることにした。


「ちょっと聞きすぎた、すまんな。面談の話はまだ先だから慌てなくていい」
「いえこちらこそ忙しいのに有難う御座いました」

生徒指導室を出て時間を確認すると部室へと急いだ。今日は遅れると伝えてあるが早く行くに越したことはない。



「お疲れ様です、遅れましたー」

がら、と体育館の扉を開けるとやはり部活は始まっていたが、まだアップの最中だったので部長に挨拶をして列へと入る。
皆と同じように動いていると横にいた坂本が話し掛けてきた。

「ね、遼ちゃんどうだった?」
「資料もらったくらい。あ、紙出したら今度は三者面談らしいよ」
「げ!やばい、俺何も考えてないよー」



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あきゅろす。
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