平穏最後の日(完結)
6
「社会に必要な知識付けるのは悪くないしな。どういうとこがいいんだ」
「今は経済とか商とかしか思いつかなくて。恭兄の役に立つとこがいい」
ふと恭介の箸が止まる。
遼介がそこに視線を移せば僅かばかり震えているようだった。
「遼」
「はいっ」
思わず姿勢を正してしまう。何かまずいことでも言ってしまっただろうかと思いめぐらせるが特に思い付かない。
「それは俺と働きたいっつうことか」
「うん。俺は紫堂の家の仕事のことまだよく分かってない。まずはそこから知らないといけない。ただ恭兄にいつも助けてもらってて、その手助けになれたらとは思ってるんだ」
「そうか……」
嬉しいとも哀しいとも苦しいとも、何とも言えない表情を恭介はした。そして横にいる遼介の後頭部に手を回し、自分の胸へと導く。
遼介は何故そうするのか分からなかったが、何も言わずにしばらくそうしていた。
次に見た顔はいつもの恭介で、何故そんな顔をしたのかは聞くことが出来ずに終わってしまう。
「まあ記憶戻ったしある程度のとこなら問題ないだろ」
「家から通えるとこって言っても都内ならだいたい通えるしね」
「もし調べて他の学部がよくなればそっちにしろ。まだ二年だから慌てることねえ」
「来週学校の先生に調べるの手伝ってもらうことになってるんだ」
くしゃっと頭を撫でられる。
こうして周りに話すことで余計に大学への意識が強まったようだ。
――もっと大学について調べたい。
「ああーーー」
エアコンをぎんぎんに冷やした部屋で、椅子の背もたれに寄りかかって仰け反らせ口を開けている様は、まだ昼間だというのに自宅かという程のやる気の無さだ。
目の前の上司がこの調子では事務所全体の士気も下がるもの。
「久遠さーん、俺たちまだ終わってないんすからそんな恰好で寛がないでくださいよー」
「うっせぇ」
斉藤が勇気を振り絞って意見するが一蹴されてしまう。
「俺ァ怪我人だぞ」
「いつの話っすか」
「小宮山まで言うのか?ええ?」
心底ダルそうに視線を向けていると、コンコンと控えめのノックが聞こえてくる。
「はいはーい」と斉藤がドアに近づけば思いがけない人物で慌ててドアを開けた。
「うわー遼介くーん!」
がばっと斉藤は遼介に抱き着いて喜びを表す。
「秀一さんお久しぶりです」
「遼介、事務所来るなんて珍しいな」
「久遠さん」
久遠は先ほどまでの姿勢はどこへいったのか、ゆったりと座って机の書類に目を向けて仕事してますアピールをしており、園川は「はっ」とそれを鼻で笑っていた。
「そうだよ、遼介君がいなくて淋しかったよ」
「園川さんすみません、夏休み忙しくて。あ、試合有難う御座いました!」
「いやこっちこそ観に行かせてもらえて嬉しかったよ。これからも応援してるから」
遼介の横にいる斉藤は「あの話本当だったんすか」と驚いている。
いつだったか遼介がバスケ部だと知った時に、園川は「試合を観に行きたい」と言っていたが本気だったとは。
園川のマメさは真似が出来ないと斉藤は呆れながらも感心した。
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