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平穏最後の日(完結)
5



神田は山崎には嘘偽りなく話した。
だが、普通上司の弟と仲良いことがそうそうあるだろうか。しかも会社でもないマンションにいて「坊」と呼ぶ程の。
考えれば考える程山崎に疑心を抱かせたのではないかと不安になってしまう。

遼介は極道の家の者であるが出来る限りその時が来るまでは普通の生活をさせてやりたいのが皆思うところだ。
どこから綻びが生まれるか分からないが、なるべくそれを仕舞ったままにしておかなければならない。

うまいことが誤魔化せたか分からないが神田は遼介を連れて最上階へと急いだ。


「ただいまー」

「おかえり、遅かったな」

恭介を出迎えることの方が多い遼介は、こうしてたまに出迎えられると家族がいるのだと実感出来て嬉しくなる。
過保護だと言われてそうだと自分でも思うがやはりこの距離は好きだ。
目の前にある恭介の胸に腕を回した。

「どうした、甘えてんな。今日何食う?」
「恭兄が食べたいものがいい」
「じゃあ寿司でも食いに行くか」

機嫌の良い遼介と恭介が歩きその後を神田が歩く。

「ほな車持ってきますんで待っててください」


「そうだ、俺恭兄に相談したいことあるんだ」
「何だ?何か欲しいのか?」
「いやそういうんじゃなくて」
「じゃあ――お、来たか。続きは食事ん時でいいか?」
「ん」

車に乗り込んで恭介行きつけの寿司屋を目指す。
カウンターの落ち着いた寿司屋だが、奥にはVIP用の個室がありいろいろと都合がいいところだ。
そこへ向かう途中で帰り途中の山崎を追い越すのが見えた。一瞬目が合った気がするが、この車も黒塗りでは無いものの軽めのスモークガラスなので恐らく気のせいだろうと思う。

――恭兄に相談したら来週指導室行ってみよう。

少しずつ進んでいく未来が明るくなった気がした。

軽快に車は進んでいく。


「今の……原田か?」

通り過ぎた車を見て山崎は首を傾げる。
山崎は今年の昨年度の途中に赴任してきたばかりで遼介のことを入学時から見ているわけではない。しかし、一年時の担任から家庭環境が複雑らしいということは聞いていた。

だが実際話を聞いてみれば嬉しそうに家族の話をするのでそれ程複雑ではないのかもしれない。
まあ高校生が近所にいるというのに親元を離れて暮らしている時点で些かおかしいとは思うのだが。
本人の健康状態に支障をきたしていない限り勝手に生徒の個人的なことに首を突っ込んではいけないとは思いつつ、どこか気になりながら山崎は帰りの途に着いた。



「いただきます」

時価と掲げられたメニュー札のここはさすがネタが素晴らしく上品な味わいだ。
遼介のような一般と離れた環境にいる者でなければ一高校生がこんなものを食べる機会などまずこない。

「美味しい!」
「今日のも変わらず美味いな」
「あ〜美味いなぁ」

三人とも至福の表情で次々にたいらげていく。

「で、相談っつーのは」
「そうだ。あのさ、俺……大学行きたいって思ってて」

「いいんじゃねえの」

遼介は目を丸くした。あまりにもあっさりした返答だった。

「遼が記憶戻ったらそう言うんだろうとは思ってた。元々勉強好きだったしな」
「な、なるほど」

恭介が遼介を見る瞳は本当に優しい。

「だが家から通える範囲だぞ」

「はい……」

――やっぱり言われました。



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