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平穏最後の日(完結)
3



「そうだ先生、ちょっと相談があって」
「何だ?」
「これなんですけど」

誰かに聞きたくて持ち歩いていた紙をテーブルに乗せると、山崎は片眉を上げて「なるほど」と納得したようだった。

「まー悩む奴も多いな。うちは進学校って程じゃないから就職組も結構いるし」

紙には「進路調査」と書かれている。つまり、高校を卒業したらどうしたのかここに記さなければならないのだ。
昨日から遼介を悩ませていたのはこの紙であった。

記憶が無い時は進路のことまで手は回らなかったのが現実であり、高校を卒業した後のことなど遠い未来のような気がしていた。

しかし家族の仕事を知り、自分の未来を知り、自分の無知を知った。

そこで初めて未来への可能性を考え始め、ここにきてこの紙だ。遼介の頭の許容量はとっくに超えてしまった。

「俺、卒業後なんて全然考えてなくて何となく働くのかと思ってたんですけど……」
「うん」
「あの……最近勉強も楽しいかもって思って」
「そうか」

一度俯いてふう、と息を吐いた後山崎へと視線を戻す。
さすが教師というか、山崎はゆっくりしっかりと生徒の話を聞いてくれる。


「大学行こうかと思ってます」

山崎は一切驚きもせずにこりと笑う。

――あ、先生のこの顔安心するかも。

遼介は力なくへにゃりと笑った。
高校までの勉強とは勉強をするためではなくそこに辿り着くために考えることを学ぶということで、さらにそれを使って将来への道を探す。
その手助けをするのだから、教師というのは本当に大変な職業だと思う。

「それで、原田は何を悩んでるんだ。そこまで考えは出てるんだろ?」
「大学といっても全然知らなくて、家族にも言ってないから資料も全然無いし」
「家族には言ってないのか、金の心配か?」
「あー……それは大丈夫だと思います。それより反対されないかが心配で」

ぽりぽりと頬を掻きながら恭介を始めとする紫堂の家族たちを思い浮かべる。
それはそれは可愛がってくれるのできっとお金ならいくらでも出してくれるのだろうが、自宅を離れるような場所を選んだら猛反対をされそうでまだ言い出せていない。
そのためなるべく自宅から通えるところを探そうと資料が欲しいところなのだ。

山崎は事情を知らないのでよく分からないといった顔をしている。

「家族が反対する場合は金が払えないとかが多いんだが違うのか」
「はい、自宅から通えるところなら大丈夫だと思うんですが」
「過保護か」
「…………」

全く否定出来ない。


恭介に引き取られた頃からそうだったが、最近さらに目の届く範囲に置きたがる傾向が強まっていた。
それは銃を向けられた現場を見たのだから、犯人がすでに日本にいないとしても心配性になるのは当然だろうが、もう少し自由でいたいとも思う。
以前ならばそれも当たり前だと疑問にも思ってみなかったが、これも記憶が戻って精神が実年齢に戻ったことが原因なのだろうか。

それでも兄の傍にいたいと思うのも事実で何だかもやもやする自分の気持ちが分からない。

揺れ動く気持ち自体この年頃では当たり前だということに考えが至る術がないのだ。

「まあいいか。んじゃ原田の家から通えるところの大学の資料調べておくから月曜日にでも放課後指導室に来なさい」
「有難う御座います!」

山崎がメモ帳を取り出す。

「原田は興味ある学部とかあるのか?」
「経済とか商とか……?」

何となく恭介の会社を思い浮かべて関係のありそうなところを言ってみるが、疑問形になっているのを気付かれて苦笑される。
しかし嫌味のない笑顔なのが嬉しい。


「まずはそこから調べてみるか」



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