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平穏最後の日(完結)
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夏休みの事件が嘘のように平和な毎日が続き、二学期を迎えていた。
もちろん事件直後は警察官に事件時の様子を説明しなければならなかったり、久遠が数日入院することになったりと忙しくしていたが、それも過ぎてしまえば本当にそんなことがあったのかという程だった。

始業式をぼんやりと過ごしていつものように部活をして帰り、翌日の今日は授業開始日。
今回は夏休みの宿題で躓くこと無く終わらせることが出来たので喜々としてこの日を迎えていた。記憶が戻ったのはこうして思い返してみると本当に幸いで、殊更勉強に関して言えば他の生徒より勉強したことになるためこれからの毎日に余裕が出来たわけだ。


「全員揃ってんなー、さっそく宿題提出だ。後ろから前に回してくれ」
「はーい」

一時間目は担任教師が担当の国語で、数人慌てている者がいたが担任の山崎はあえてスルーして提出物を確認している。
恐らく後ほど説教でもされるのだろう。

この山崎という男、普段は大雑把で着ている服も襟がよれていたりいたりと「ちゃんとしたら格好いいのに」と評判の教師で、しかし生徒指導の教師でもある彼は指導中のみかなり真面目に対応するので何だかんだと生徒から好かれている。

「今提出しなかった三人は放課後指導室な」
「えー!」
「えーじゃない、当たり前だ」

ぴしゃっと言い放たれ文句を言う生徒。それでも自分が悪いのは分かっているのでそれ以上騒ぐことなくそのまま授業は開始された。
遼介は今までの授業よりも楽しく受けることが出来て顔が緩むのを我慢するので精いっぱいだ。
その調子で四時間目まで終え上機嫌で昼休みになった。

坂本を含めた数人のクラスメイトが寄ってくる。


「何だよ遼介にやにやしてー」
「いいだろ、久々の学校が楽しいだけだって」
「んだよ、夏休み一緒に遊ばなかったからそうなんだよ。キャンプ行こうぜって言ったのに」
「ごめんな、バイトと部活で忙しくて」

「分かってるけどさー」と文句は言ってくるものの冗談で言っているのが分かるのでこちらも軽い調子で答える。
あの数日で驚く程濃い体験をしてしまったので、こんな何気ない会話がすごく楽しく思える。

「遼ちゃん今日も部活残る?」
「ん、いいよ」
「やった!頑張ろうな」

坂本との会話に「何々」と友人たちが聞いてくるので、遼介は夏休みの後半からこうして坂本とたまに部活後も自主練をしていることを話した。

「っかー、すげーな二人とも。別にスポーツ推薦とかで大学行くわけじゃねーんだろ?」
「まーね、でもインターハイはいいとこで負けちゃったからウィンターカップではって思ってさっ」
「そうなんだよ。去年より上にはいけたけど最後は力負けしたから悔しくて」

あの事件の後の試合はすっきりしたこともあり、いつも以上に気合いが入った試合が出来た。
しかしここが強豪校とは言っても、県内で有名なだけであって全国に行けばその程度の高校はごろごろいる。県大会では何とか全国の切符を手にしたが、全国では早々に敗退してしまったのだ。

それでも県大会三位で負けてしまった去年より一歩前進することが出来たため、三年と一緒に戦えるウィンターカップyに向けてすでに気持ちは入っている。


「そりゃすごいな」

「うわっ!?」
「山崎!」

突然声が降ってきて間抜けな声を出してしまう。
呼び捨てにした生徒に「先生だろ」と出席簿で笑いながら小突く。

「もう五時間目始まるぞ」

「やべ、急げ」

がたがたと慌てて席へと戻る。五時間目は担当教師が出張で自習だと言われていたので気楽に構えていたが、自習といっても誰も教師が来ないわけではない。
山崎は生徒の様子を眺めた後に遼介の頭をぽんと一撫でして言う。

「原田、夏休みは部活だけじゃなくて勉強も頑張ったんだな」

最初から返答を求めていなかったのか、それだけ言うと遼介の反応を確認することなく歩いていってしまった。
ぽかんとそれを眺めていた遼介はぼっと顔を赤くして勢いよく俯く。

ぎゅっと両手を握る。

――分かってもらえた。


きっと朝集められた宿題を見てのことだろう。山崎は二年時からの担任であるものの、遼介の勉強が追い付いていなかった頃から遼介のことを知っていた。
だから完璧に出来た今回の宿題に遼介の変化を見たのだ。

嬉しい。努力が人に伝わったのが、自分に言葉として返ってきたのが嬉しかった。



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