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虫かご恋愛(1)

※t/he Ga/z/et/tEの曲、「春ニ/散リケ/リ、身ハ/枯/レルデゴ/ザイマス」の歌詞をベースにしております
※芭蕉さんが"花"、曽良くんが"蝶"です。それっぽい表現もあります
※生々しい表現が多々あるので、閲覧には注意を!
※花視点なので、気持ち的には(曽→←←←←芭)ぐらいに見えるかも?












「夢ヲ見タ
非現実系
自由ニ舞ウ
夢ヲ見タ…」




『虫かご恋愛』





もはや思い出すのも煩わしい。ここに連れて来させられたのは、一体いつの話だっただろう。
気付けば"芭蕉"は分離され、この狭いかごの中で一人、"花"として咲いていた。
楽しくお喋りをしていたはずの花の仲間たちや、蟻や蜂、時折鬱陶しいとは思っても近くにいてくれると飽きなかった虫たちは、ここにはいない。
動けなくても飛べなくても、風を感じて雨を飲んで、温かな太陽の光を浴びていたかつてが、とても恋しかった。今思えば、あれ以上良い生活なんて有り得なかったのだ。"花"である芭蕉にとっては、そんな当たり前だと思っていた環境が一番よく合っていて、それ以上なんて望むべきではなかった。
常日頃から「空を飛んで別の世界を見れたらどんなにいいだろう」と思っていた自分への、これは罰なんだろうか。小さな世界で芽吹き、決められたかのように成長し、葉を繁らせ、花を咲かした。芭蕉にはそれがただ、虚しいことのように思えてならなかっただけだ。「違う場所へ行ってみたい」と芭蕉が言うと、他の花達にはよく馬鹿にされたものだが、今ではその理由が身に染みて理解出来る。
"別の世界"であったはずのこのかごの中はあまりにも寂しくて、芭蕉が望んでいたものなんか何一つ存在しかった。

足は温い水に浸かったまま、不安定で落ち着かない。
一日に一回天井が開き水を変えられる他は、辺りを見渡すことさえままならない。
静かな空間に度々埃が舞い降りてきては、息苦しさが深まる。
感情さえ淘汰されていくような、時間の経過も把握出来なくなりそうな狭い世界だった。
狂ってしまいそうな毎日の中、身が"枯れていく"感覚だけがはっきりと浮き彫りにされ、心を蝕み寿命を自覚させる。
それでいて発狂しようが涙を落とそうが、誰も気付いてくれやしない。所詮は"花"なのだ。いっそ首を折って命を断てればいいのに、それさえままならない。
何度も何度も反省した。無力な自分を恨んだ。言葉にならない言葉を叫んでは、泣いて助けを求めた。全てが無意味な行為であることも頭の中ではわかっていても、どうすることも出来なかった。
そうして絶望しきっていた芭蕉の元へ突如転機が訪れたのは、つい最近のこと。"彼"は芭蕉と同じく天井から落とされて、このかごの中にやってきたのだった。


「ねぇソラくーん、」

芭蕉が呼びかけても、"彼"は反応すらしない。いつもと同じように乾いた眼差しで、塞がれた四角い天井を見上げているだけだ。
その背中には、汚れ一つない真っ白な羽が生えている。淡く、とても美しい色合いをしているのだが、本来二つあるべきそれは一つしか残っていない。
彼は、"片羽"の紋白蝶だった。無理に千切られたらしいもう片羽の跡は未だ痛々しく、見るに耐えない有り様だ。しかしそれでも彼の姿は芭蕉を捉えて離さない。真っ白な羽とは相対して、その瞳は漆黒で涼しげだった。蝶の世界での美的感覚は芭蕉にはわからないのだが、おそらくはモテるタイプだと思われた。

「こっち向けよー」

何と言おうが、彼に聞こえているはずはなかった。芭蕉は"花"で、彼は"蝶"。種族が違えば、言葉など通じない。見れば何か喋っているらしい様子はわかると思うが、音として相手に届くことはないのだ。
だから"ソラ"という名前は芭蕉が勝手につけた。ただ単純に、彼がいつも天井を見上げ、"空"を見つめているからだった。言葉は通じなくとも、暇つぶしとして話し相手にするぐらいは問題ないだろう。何にしろ、このかごの中にこうしている以上、共に死ぬ運命であるのだから。

「君は、また空を飛びたいの?」

…そうだろうね。内心で、芭蕉は一人納得する。
ソラは、端から見てもまだまだ若い蝶だ。自らの羽で空を自由に飛び回れる最盛期とでもいうべきか。子孫を残すために雌を追いかけたり、次から次へと食物を集めたり。やりたかったことはたくさんあっただろうに。
きっと、運が悪かったのだろう。その片羽では、ソラはもう飛べやしない。まともに動くことすら出来ていない。そんな姿に、芭蕉は限りなく親近感を覚える。

「君はまだ飛べるだなんて思ってるの?そんな風に空を見てて辛くない?」

疑問をぶつけてみても、その横顔が答えてくれるはずもなく。きっと、視界にすら入っていないのだろう。
そう思うと、自然と涙がこみ上げてきた。自分とソラが違う生き物であることは大前提としてわかってはいるのだが、どうやっても相容れない関係であるのが悲しかった。一緒に朽ち果てる運命だというのにも関わらず、だ。
死ぬのは怖くない。"花"である芭蕉が死んでも、"種子"はまた別にある。また新しい"花"として、どこかで芽吹くことは出来るだろう。それでも、"芭蕉"という存在はこの命限りだ。
だからどちらが先に朽ち果てるにしろ、芭蕉にとってソラは最後の身近にいる相手なのだ。
今の芭蕉には、それが全てだ。他には何もない。せめてこの想いが届けば楽になれると、芭蕉は思う。

「残り少しの間、ソラくんには私が必要でしょ?私がいなきゃ、君はすぐに死んじゃうもの…。そうでなくても、片羽じゃあ長くは生きれないよ。だからその少しの間、君は私だけを…見てればいいのに」

芭蕉はひどく、ソラに恋い焦がれていた。それというのも、彼が唯一側にいる生物だからというわけではない。言葉はわからなくとも、"ソラ自身"に芭蕉は惹かれているからだ。



ソラが最初に落ちてきたその時、芭蕉は悲しみに捕らわれ、疲弊しきっていた。
霧がかったかのように見える視界の中、気付けば片羽の蝶がバタバタともがいていた。
可哀想に、と思った。
蝶は未だ自分の身に何が起きているかわかっていない様子だった。残った方の羽を懸命に動かし、幾度も飛び立とうとしては、体ごと重みで崩れ落ちている。
いや、片方の羽がないことは頭ではわかっているのかもしれないが、本能的にはどうしても受け入れられないんだろう。
彼が蝶として生まれた以上、羽は命にも代わる大事なものなのだ。幼虫の時からじっと耐え忍んでようやく手に入れた、他の虫に対抗できる唯一の武器。広い世界を高く飛び回ることの出来る、芭蕉の憧れだった対象。
それを蝶は半分失い、取り憑かれたかのようにその場で闇雲に動き回っている。狂気の沙汰にも見え、とても苦しげだ。

これでは花の自分のことを見るどころか、さっさと死んでしまうだろうと芭蕉は予測した。
もって一日。ここに来る前、蝶がその羽を蜘蛛や蟷螂に食われる場面は何度か見たことがある。その全ての蝶が生命力を断たれ、衰弱して命を落としていった。絶望に駆られたまま、皆が状況も飲み込めずに死んでいくのだ。こうした食物連鎖は日常茶飯事で、かつても仲間と共に傍観していることしか出来なかったのだが。
しかしそれで死ねる身分ならまだマシだよな、などと残酷な嫌みを含めた面持ちで片羽の蝶を見切り、芭蕉は視界を遮断することにした。
花である芭蕉は、死ぬ意志は持つことが出来ても、実際は死にたい時に死には出来ない。機能が崩壊するほど体が滅茶苦茶にされるか、寿命が来るかのいずれかでしか死ねない。
だからあの蝶に同情しようがどうしようが、芭蕉には決して関係ない。
そうして考えると気が楽になるのか、芭蕉は急激な疲労感と眠気に襲われた。時間の感覚も既に失っていてしばらく眠っていなかったのだが、今なら平気そうだ。芭蕉は未だもがき続ける蝶をそのままにして、深い眠りについた。







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