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それは幸福
2


 ワンシーンの立ち位置に戻ると監督の一声で先程の続きが始まる。休憩中の千晶の態度に苛立ちを感じながらもスイッチを入れ替えて春臣は顔つきを変えた。

 といってもここでのシーンはあとはセリフをいくつか言って廊下に出るだけだが。

 「そいえばこの後、資料室寄ってもいいか?ちょっと文献に使いたい資料があって...」

 千晶に背を向けて扉の前まで歩いてきた春臣だが後ろから聞こえてくるはずの千晶のセリフが中々聞こえてこなかった。

 −あいつ、セリフが飛んだか。これはNGだな...ったく、手間取らせやがって。

 そろそろ監督からのカットの知らせが来るかと振り返ろうとした春臣であったが−−−

 「...っ!?」

 「僕だって、ちゃんと“男”ですから。こう見えても」

 耳元で聞こえる囁き声。
 ドン、と後ろから伸びてきた手は春臣を扉に押しつける。
 その力は演技のはずだが思いの外強く、身動きが取れなかった。

 「え、ちょっ...!」

 「これでおあいこね」

 耳元で囁いた口はそのまま春臣の耳を舐め甘噛みすると離れていった。

 次に素の反応を見せたのは春臣の方であった。赤くなった頬はすぐには元に戻らない。

 「さぁ、資料室に行こうか」

 妖艶に笑う千晶は春臣の横を通るとそのまま扉を開けて廊下へと出て行った。 

 「はい、カーット!」

 後をついて出て行く春臣に合わせてワンシーンは終わる。
 この時、無表情で歯噛みしているのは春臣であった。

 千晶への監督の賛辞も何もかも頭に入ってこない。千晶が、舐めてかかっていた自分を嘲笑っていたのがわかった。
 それが悔しくて悔しくて、そして下に見ていた千晶に圧倒されてしまった自分が憎かった。

 その後はしばらく出演シーンはないため春臣は1人、控え室に戻った。

 「っ、ざけんな...あんなアドリブしやがって」
 
 椅子に座る春臣だが何度も耳を擦って拭きたい衝動に駆られた。しかしその度に、赤く跡が残ったら困ると我慢する。

 口では罵るが実際、千晶のあのアドリブは話を盛り上げるものとしては最高のものであった、そう認めざる終えなかった。

 それはもちろん、千晶が主役であったからだ。

 改めて自分は主役なんかではないのだ、と痛感させられた春臣は強く強く拳を握った。




 「なんでお前がここにいるんだ」

 「なんでって、父さんからこの部屋のカードキー貸してもらったから。春臣に演技指導してもらう約束したって言ったら喜んで貸してくれたよ」

 そう言い、目の前でヒラヒラとカードキーを見せつける千晶は口角を上げるが目は笑っていなかった。

 映画撮影の1日目が終了し、ホテルでディナーを済ませた春臣だが、部屋に戻ればそこには千晶がいた。
 たしかに、生活習慣がだらしない春臣を京太はいつも心配していた。その為、京太は長期ロケの時には何かあったら部屋に入れるようにと部屋のカードキーを春臣が持っているのとは別に一枚持つようにしていた。

 −ここにきて、改めて京太の千晶への甘さを垣間見ることになるとは思いもしなかったな。

 まさか自分の部屋のカードキーを千晶に渡されるとは。

 「まさか撮影期間中、頻繁に来るつもりじゃないよな」
 
 「そのまさかさ。献身的に演技指導してよ、春臣」

 「何が演技指導だ、嫌味も程々にしろよ」

 「え...今の、嫌味に聞こえたの?どうして、ねぇ、どうして?−−−春臣の演技は嘘くさいから?」

 「...っ、」

 千晶の絡みついてくるような言動一つ一つに反応していてはキリがない、そう思いながらも無視できない自分がそこにはいた。
 苛立ちを隠せない春臣はベッドに腰掛けるとガシガシと乱暴に頭を掻く。

 「お前いい加減に...」

 「怒ったって無駄だよ、弱み握られてるのは春臣の方なんだから。ほら...観てよ、これいい画だと思わない?」

 「...なっ!」

 不意に目の前に曝け出されるのは先日の誠太と自身の痴態。スマホの中で嗚咽しながら性器をしゃぶらされる自身がアップに映されている。そして、動画の中で映像は春臣の顔から萎えた性器へと変わる。

 「笑っちゃうよね。可哀想なくらいに萎えて縮こまってる...だからさ、今日は逆にこっちを大きくしたのを見せてよ」

 「こっちをって...」
 
 「自慰したことあるよね」

 冗談言うな、喉まで出かかったその言葉は千晶の暗い瞳に止められる。

 「ほら、今回もちゃんと撮ってあげるから...撮影されるの大好き、でしょ」

 ポン、と録画が始まる音がした。
 
 向けられるカメラ。

 どこにも逃げ場などなかった。




 「ぅ...く、」

 ベッドに腰掛け春臣は自身の性器を必死に扱いていた。ズボンと下着は足首まで下ろされカメラの前で痴態を晒している。
 全ては俳優を続けるため、そして京太に失望されないようにするためだ。

 しかしこの緊張感の中、春臣のものが反応するはずもなく、どんなに扱いて刺激を与えても無駄だった。
 萎えたものを扱き続けるその姿はどんなに滑稽なものだろうかと、焦りと羞恥心ばかりが募っていく。

 「しょうがないなぁ、それじゃあ特別にこれを見せてあげる」

 「...ぁ、なんで、なんでお前がそれを、」

 「ほーら、懐かしいでしょ。春臣も本当好き者なんだから」

 どこから出したのか、春臣を撮っているスマホとは別のスマホを出した千晶はある動画を再生して見せてきた。

 そこに映っていたのは...

 『ぅあっ、あ、はる...おみ、くんっ』

 中学の頃のまだ幼さの残る誠太と

 『エロい顔するようになったね、誠太も』

 顔は見えずとも体や声でわかる自身の姿。

 「これ、誠太からもらったの。最終手段にって思ってたけど...本当親友のこんな動画を見せられる俺の身にもなってよね」

 春臣と幼い誠太が激しく絡み合うハメ撮りの動画。それは春臣が遊び感覚で撮っていたものだった。
 しかし、それもデータがたくさんあると後が面倒くさいと一回のみだけだったのに加え、すぐに自分の携帯から削除したはずのものだ。

 どうして誠太がその動画を持っているのか。

 「はははっ!すごく不思議そうな顔してる。春臣も馬鹿だね。誠太だってただのいい子ちゃんじゃなかったってこと。あんたの事が知りたいからって携帯盗み見る事なんて日常茶飯事。だからあんたの隙をついてデータのコピーとることなんて簡単だったんだよ」

 「そん、な...こんなの、すぐに俺だってわかる、こんなのが流出したら...」

 「ただの玩具だど思って舐めてるからだよ」

 そう言う千晶の顔に笑みはなく、冷え冷えとしていた。
 それに対して自分の将来にゾッとする春臣であったが...

 「あぁ、やっぱり...体は正直だね」

 「こ、これは、ちが...っ、」

 先程まで萎えて使いものにならなかった性器はその動画一つで脈動し徐々に硬く勃ち上がってきていた。

 『あっ、あぁうっ、ひ、ぃ...あっ、』

 力なく開いた唇の端から涎を垂らし、頬を赤く染める誠太の顔と結合部の生々しい抽挿が映し出される。

 「触ってもないのにあっという間に大きくなったね。ほら、先端から溢れてきてるよ。興奮してるんでしょ、扱きなよ」

 「俺は、おれ、は...っ、」

 春臣の頭の中はある一つの欲望で埋め尽くされていく。
 右手に握るものは熱く、少し触れているだけでも気持ちがいいほどに敏感になっていた。

 『はる、おみくん、もっと、もっと激しく、ぅあっ、ああっ、ひぃ、あ、ああっ』

 激しくなる水音と喘ぎ声。パンパンと腰を打つ音がやけに大きく聞こえた。
 細い腰はいやらしくしなり、乳首は散々弄られたのか赤く色づいている。

 その全てが鮮明でまるで今しがた犯しているような...

 「ん、ぅ...はっ、は、ぁっ、」

 気がつけば右手は激しく自身の性器を扱いていた。そこはすでに先走りを溢れさせてくちゅくちゅと水音が鳴り始めている。

 動画を見て興奮して扱いているのも、それを撮られているのも今この時、どうでも良くなる。理性的に物事を考えることなどできなくなっていた。
 強まる快感、無我夢中で痛いほどに性器を扱いては亀頭部分を親指で擦りつけたりと興奮を煽っていく。

 『あああっ、イク、イッちゃ、う、あ、あ...っ、』

 そして動画の中で誠太は腰を痙攣させて顔まで精子を飛ばし−−−

 「ぅあ...っ、」

 ほぼ同時に春臣も自身の掌の中に熱い精子を迸らせた。

 そうして荒く乱れる息。

 急速に冷静になっていく頭。

 戻ってくる焦り。

「少年愛者の変態」

 降りかかるのは嫌悪と侮蔑を込めた千晶の一言だった。



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