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インデュア
(5)
 だが男に余裕は無かった。もう自分の懐に、あの用心棒が木杖を手放し、丸腰で迫っているのだ。なんたる自信、いや、これも戦略か。
 速い! あの用心棒が放つ蹴りは、確実に自分を捉えている。隙を突かれた男はどうしようもなくなり、数歩退いてしまった。木杖が落下する乾いた音と、マークの足が風を切る音がほぼ同時に鳴った。彼の蹴りはなかなか鋭いものだ。ふたりの距離がひらく。
「やるな用心棒。名前は?」
 それでも冷静を保つ。短剣男が口を開いた。
「マーク・ウォシップです。お褒めいただき光栄です。あ、それから……言い忘れてました? 私、用心棒じゃなくて司祭なんですよ」
 マークが得物を拾う。
「何、それは本当か?」
「ええ」
 案の定、男は驚いたようだった。
「なぜ司祭がこんなところに」
「趣味ですよ、趣味。いたら悪いですか?」
 木杖の司祭は短剣男をからかうようにして、再び得物を構えた。
「あなた、なかなか速いですね。でもまだまだ。上には上がいます。言っておきますけど、大司教は私の10倍速くて強いですよ!」
 マークが突進する。その速さは先の数手とは段違いに増していた。

 脳天一撃。決着はすぐについた。マークが相手の額を木杖で突き、気絶させたのだ。短剣男はというと、防ぐ動作をしたようではあったが、明らかに遅すぎた。
「ま、頑張って下さいな。ああ、ちなみに最後のは嘘なんで、信じないで下さいね……って、聞こえないか」
 マークが苦笑した。
――つまらない会話なんていらないし。それに……これがあるから用心棒のふりはやめられない!

 太陽が真南に昇った。この時間帯はまったく影が無くなるため、炎天下の労働者は地獄を見ることになる。木杖の司祭は、先ほどの短剣男を運んでいる最中だった。教会の前で寝かすのは迷惑だし、かといって王室へ突き出すのも、神に仕える身としてどうか。

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あきゅろす。
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