インデュア
(2)
「そうかい」マークは一歩退いた。「じゃあ、俺が今入れるはずのない怒りの眼にいる理由を説明してくれ」
『あなたに変化の時が訪れたからです』
声の主は即答した。
「は?」
『マーク、あなたは最近何か特別なものに出会ったはずです。そうでしょう?』
「そんなことは無いと思うが――」
『ならば後に気付くことになるでしょう。あなたは既に、出会っています』
マークが言い終わるまえに、女の声は言い切った。
マークはすでに混乱していた。先ほどからこの声に振り回され続けている。
――特別な出会いだと? そんなものはまったくない!
思えば彼には、ここしばらく新鮮な出会いなど何もなかった。強いて言うなら、彼のもとへ訪れた酔っぱらい男性や未亡人、ロイア系の一団くらいだが、この類いは彼の職業上、嫌でも出くわす存在だ。マークは思わず声を荒げた。
「おい、あんた。さっきから聞いてみれば随分と偉そうな物言いじゃないか。言葉遣いは丁寧でも、それはあまりいただけないな。自分のことは『明かせない』とぼかすのに、俺のことには詳しい。そのうえ特別な何かとか言われても、こっちにはさっぱりだ!」
女の声は依然冷静だった。その声色にはどこか諦めが混じっている。
『まだ解りませんか。もう時間もないので一言で言います。「あなたの運命」です。次こそは気付いてくださいね』
「また、何を……」
ずきん。マークが再び言い返そうとしたとき、頭に激痛が走った。あまりのひどさに、視界が歪む。彼は頭を抱えながらその場に崩れ込んだ。
――まったく、なにがなんなんだよ。
マークはそのまま意識を失った。
目が覚めると、いつもの天井が見えた。その、白く塗装された漆喰の天井は、無表情にマークを見下ろしていた。彼の衣服は、汗でじっとりとしていた。
――くそ。またあの夢か。
マークは悩んでいた。けっして不眠症というわけではない。たびたびこの妙な夢を見るのだ。初めて見てから、3ヶ月くらい経つだろうか。彼にはこれが不快だった。
彼が落ち着いてから周りをみるが、辺りはまだ暗い。慣れた手でキャンドルを点け、壁の時計を見てみるとちょうど4時を指し示していた。
――朝勤めには最適の頃合いだな。
マークはベッドを降り、歯磨き、着替えと最低限の準備のみをした。
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