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インデュア
早朝の客
 マーク・ウォシップは高原に立っていた。その大地は荒れて、周りには何もない。建物はもとより、人もおらず、草木の一本も生えていなかった。上を見やれば空は陰り、遠くに見える山は岩肌がむき出しで、いわゆるはげ山というやつだ。何とも混沌とした場所であるが、彼はこの光景に見覚えがあった。
――ルーイン教典第137章『怒りの日(the Day of Wrath)』の最後の場面。唯一神ルーインの怒りが、人類に降り注いだあとの世界だ。
 マークはひらめいた瞬間、目の前の場面を心の中で暗唱した。彼ほど熱心な信者になれば、この程度は朝飯前だ。この道に入ってもう二十年近い。幼い頃から読み聞かされた神の教えが、もう今ではすっかりからだに染みついているのだ。
 だがそれにしても、何もない。彼はただ、漠然とそう思った。確かに、大昔には大戦争があったと記されているけれど、それほどまでに人は愚かであったのか。
『あなたはなぜそこにいるのですか?』
 突然声が響いた。女の声だ。マークははっとして後ろを振り向いたが、誰もいなかった。
『あなたはなぜそこにいるのですか?』
 同じ声が繰り返す。マークは何が何だか解らなくなった。だが、反応しないのも失礼な気がしたので、とりあえず返事をしてみた。
「なぜと言われても……そう言えば、なぜここにいるんだろう」
 言われてから初めて気が付いた。彼の予想が正しければ、ここは教典の中の世界、それも遠い古代だ。マークは首をかしげた。
『なるほど、無自覚ですか。良いでしょう。では説明しますが、その前にひとつだけ。ここがどこかは理解できますか?』
「第二大陸の中央に位置する、『怒りの眼』でしょう? 実際には無国籍だから、誰も入れないはずだけど」
『その通りです。熱心ですね。しかしここは紛れもなく怒りの眼です』
 声の主と会話が繋がっている。どうやら声を出せば通じるようだ。マークは思った。
「謎が多いな。それにしても俺を熱心と言うなら、あなたはルーイン教に関する何かか?」
『今は答えられません』
 それまでと、声の調子が明らかに違った。これ以上踏み込むべきではないと、意図しているようでもあった。


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