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恐れと安堵。



「…………っ」





まさに凄惨。







私は思わず座り込んだ。
腕にはほんのりと煙草と香水の香る白い学ラン。
目の前には顔の原型がわからなくなったひったくりと、血塗れの拳を握る仁君。

白かったワイシャツは所々に紅く染まっている。







怖かった。






ひったくりなんかよりも、仁君が怖かった。

涙が一筋頬を伝う。






麻痺していた感覚がだんだんと戻って来ると、まぶしい迄に明るいオレンジが目に入る。

「メンゴ、ちょっと我慢してね。」

優しい声と宙に浮かぶ感覚。
知らない香りに包まれてふと見上げれば、近くにある端正な顔立が微笑んだ。



そして、肩ごしに見える視界の先、倒れたひったくりと野次馬。

その中に、仁君の姿はなかった。
遠くから微かにパトカーの音が聞こえる。


「………ダイジョブ。
あっくんなら、南が逃がしたから。」

安心させるかのように耳元で囁いた。
私を抱えながらどこかに向かって走る千石さん。
重いはずなのに、そのスピードは変わらない。



「せんごく、さん………。」


肩口に額を寄せて話し掛ければ、



「もう少しで着くから、ちょい我慢ね。」



何処に、とは聞かなかった。
何となく優紀ちゃんの所だと思った。




気付けば、私は眠っていたらしい。
目を覚ませば、バスの中にいた。



『青春台〜青春台〜』



アナウンスが流れると、千石さんは私の手をとり、バスから降りた。



黙ってされるがままになっていると、小さな喫茶店に辿り着いた。



「いらっしゃいませ。ご注文は……って千石君!?
名前ちゃんまで、どうしたの?」
「メンゴ、事情は後で話すからさ……。
あ、優紀ちゃんてもうすぐ休憩だったよね?」
「ええ………。じゃあ、もう少し待ってね。」
「とりあえず、アイスティーと、名前ちゃん何か食べる?」
「……いいです。」


視線を落とし、手元に目をやれば、いつもと変わらない自分の子供っぽい小さな手が目に入る。

「かしこまりました。ちょっと待っててね?」


優紀ちゃんの足音が遠ざかる。


「ところで、今日の事だけ……「何となくわかってます。」
「へ?」
「仁君の暴力の原因。」
「………。」

「仁君、昔から喧嘩ばっかだったから、だから頭ではわかってる。」

「……………。」


「でもね、何でだろー…








あの時の仁君、凄く怖かったの。」


アレは確かに私の為にやってくれた事。
あの時、ばっちりと絡まった視線が真実だ。
仁君は私の為を思ってやってくれたのに、


それなのに………



「恐い………って思っちゃったの。」



自惚れかもしれないけど、昔から仁君は私が困っている時は必ず助けてくれてたんだ。
あの、どうしようもなく不器用な優しさで、私を守ってくれたんだ。

頭では分かっていても、やっぱり“恐怖”と言う感情はどうにもならなかった。


堪えていた涙が、再び一粒、二粒、雫となって手に零れる。



「アイスティーとクリームソーダ、お待たせ。」



タイミングよく響く優紀ちゃんの声に振り向くと、私の目の前には大きめのグラス。
グラスでは、今にも溢れそうな程のアイスが、泡に混じって溶けだしている。

頼んでもいないクリームソーダ。
訳がわからず、隣に座った優紀ちゃんに尋ねた。

「これは………?」
「優しい名前ちゃんに、私からのお礼。」
「お礼…?」
「仁の事、分かってくれてありがとう。」

優しく言う優紀ちゃんに、私は声を荒げて否定しようとした。

「………でも、私っ!!」
「多少は恐がったかもしれないけど、名前ちゃんは仁を理解しようと、信じようとしてくれてる。」



諭す様に言われれば、抵抗もできず黙って優紀ちゃんの話に耳を傾ける。


「仁にとってはね、昔から貴女が………貴女だけが支えだったの。
仁、あんな性格だから気付けば皆寄り付かなくなっちゃって。
当時は隆君と名前ちゃんだけが頼りだったの。
名前ちゃんがいなくなって、中学に入ってからは千石君がいてくれたけれど……。
やっぱり、まだ他人を拒絶してる部分が大きいから名前ちゃんがまた、仁の傍にいてくれたらって思うの。
これは私からのお願い。



仁はね、凄く不器用だけど、誰よりも優しいの。
だから……っ我が儘かもしれないけど、名前ちゃんは、名前ちゃんだけは仁から離れないでやって欲しいの………。」



気付けば、私は優紀ちゃんの胸の中で、縋る様に泣きだしていた。



優紀ちゃんの胸は、温かくて、優しい香りがした。



「さて、これにて一件落着だね〜。」



穏やかな空気が漂う中、底抜けに明るい千石さんの声が響いた。
ぼんやりと夕陽で赤く染まっていた筈の空は、もう漆黒の闇にのまれていた。

時間を見れば六時半を回っていた。


「せっ………千石先輩、時間っ。大丈夫なんですか!?」



千石さんに声をかければ、


「ウチは基本的に放任主義だから心配しなくても大丈夫!」

笑顔で言われれば、私は黙るしかない。

「とりあえず、名前ちゃんはクリームソーダ飲んじゃいなさい。」

お兄ちゃんみたいな口調に吹き出せば、やっと笑ってくれたとまた笑顔を見せてくれた。





その笑顔を見て安心感を覚えた。











優紀ちゃんがバイトを上がるのは深夜だと聞いて、私はキヨ先輩と一緒に帰る事になった。

呼び方は、千石先輩じゃ余りにもよそよそしい、とほぼ強制的に変更させられた。


優紀ちゃんからちゃっかりバス代を受け取り、行きにキヨ先輩が払ってくれたらしい分は手作りのクッキーで返す事になった。
ファミレスから出れば、少し肌寒かった。








キヨ先輩に手を引かれ、危なっかしい足取りで歩いていると、バス停の一歩手前の児童公園で誰かに呼び止められた。





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あきゅろす。
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