[携帯モード] [URL送信]

Sub(ss)
いわば泡沫(Wo&Ze/S)


 なぜこの女とふたりきり、こうしてオルディン大橋の上から景色を眺めているのかを考えるのはやめた。ここは常に夕暮れ時で、人の哀愁を駆り立てるようでいけない。
 盗み見た横顔は凛としていて、美しいと言えばそれまでだった。遠く見詰める先に聳え立つ城の、あんたはさらにどこを見ている。

 途方に暮れていた。さっさとここを立ち去って対戦後の汗を流して、一眠りしたい。若くもないんだ、あまり無理は強いるなと言いたい。
 けれど美しい景色に美しい空気、そして美しい女。埋もれているからと言って美しくなるわけではないしそんなこと望みもしないが、少しだけ背筋を伸ばしたくなるのは確かだ。そして野暮で余計な一言を易々と口に出せないほど、息の詰まる居心地の悪さを感じるのも。

「私は元の世界で、すべてのものから王女と、もしくは姫と、呼ばれています」

 唐突にぽつりと呟いた、これまた美しい声に「ああ」とだけ頷いた。誰もが知る事実だ。神の力に選ばれた、ハイラル国を治める王女ゼルダ。多くの家臣や侍女が取り巻き、崇高な彼女へ尊敬の眼差しを向ける民衆、皆が皆総じて「王女」と呼ぶのは、言われずとも想像するに容易いことだ。
 誰もが彼女に跪き、敬い、愛する。その威光と立場に纏われた存在に線引きを行いながら。生まれながらにしてそこに位置していた彼女は、その現状に対する疑問など微塵のほども感じたりはなかっただろう。
 しかし何かを皮切りにして、(例えば同年代の子どもたちが声をあげてはしゃぎ回る姿を、遠くから目にしたとか)(もしくは『この世界』で同じ目線に立つ者と触れ合い、戦ったことであるだとか)寂しさを覚えてしまったのだとしたら、先は読めている。

「この世界は、とても素敵」
「離れがたいか」
「ええ」
 ふわりと笑んだ彼女は、こちらを見た。慈悲深く、温かく、生来の気品を漂わせる「王女」と呼ばれるに申し分ない眼差し。何分そう言った高貴なものと触れ合う機会が少なかったものだから、その居た堪れなさを存分に押し出しながらその場に胡坐を掻いた。鈴の鳴るような笑い声が耳を撫でる。同時に、びゅうと涼やかな風が一陣、吹き抜けた。眼下の木々が揺れ、ざわめきだつ。
「言いたいことがあるなら言いな」
「ごめんなさい。でも、ちょっと意外で」
 王女は粗暴な輩にわざと倣うように、目線を落とした。さすがに胡坐とまではいかなかっただろうが、けれどその場に正座とはいかに。
「一国の王女様が、そんなお行儀の悪いことしていいのか」
「あはは」
 彼女が揶揄を笑う。やわらかく弧を描く眼は、見惚れるなと言う方が難しい。
「離れがたいと言う選択肢が、あなたにあったのかと思うと」
「…俺の選択肢じゃあない」
 人並みの感情を察すれば、それくらいの考えはつくだろう。そう続けようと目を向けたところで、彼女はまたしてもその高貴なる眼差しとやらで射抜く。

「ええ、でも、いらっしゃるでしょう?」

 離れがたい存在が。
 柔らかく、温かく。聖母とでも呼べというのか。醜く縋って「どうしたらイイデスカ」とでも? 柄じゃあないし、そもそも、そこまでの執着はないつもりだ。
 ただ、命懸けの真っ向勝負を繰り返す日々に戻るとき、自分自身が何を思うのか。過ぎればその分だけ辟易するのは事実であって、この瞳はそれまで見抜こうとしている。
 とてもじゃないが、容易く踏み込ましてやれる程、脆くもなければみっともなくもないんでな。

「…帰るぞ」
「はい」



 END.




[前][次]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!