Sub(ss) カムズ・トゥ・ライト(FoFaではない) すん、と鼻を啜る音がした。ふと眼を配らせると、フォックスが隣でむずむずと鼻の頭を動かしていた。風邪でも引いたのだろうかと思ったが、特に気にする心配もないだろうと放っておいた。 すん、すん。 気にならざるを得ないなと、再び見遣った。一刻置きに、時折、何か確かめるようにこの男が鼻を啜る音が、こちらの集中力を削ぐ。(未だハイスコアが出せずに居るこのもどかしい状況を早く打破したい一心であるというのに) 「どうした」 「いや、べつに」 何か別の意思を含んだ一言に苛立つ。けれど言及するのもみっともないと、会話を終了せざるを得ない。然して広くもないメインルーム内、ふたりきりで共有するということなど慣れ親しみすぎて違和感の覚えようもないはずなのに、この居た堪れなさと言ったら、なんだ。フォックスはぼんやりと宙を見ている。痒いところに手が届かないような、そんな小難しい顔をしていた。 距離を推し量っているのは、目に見えた。今にも話題を切り出したいとでも言いたいかのごとく、フォックスはもうずっと長い間、そわそわと落ち着かない様子である。うじうじとおろおろと、それはパートナーが最も嫌う素振りであることは知っているだろうに、(いや、知っていてそれを配慮するような気の効いた男でもないが)彼はとことんそうしていた。 「なんなんだよさっきから」 ぶちりと携帯ゲーム機の電源を切った。顔のみそちらを向いてやったが、フォックスが「あー」とか「うーん」とか、悩むような言おうか言いまいかとふらつく意思表示を見せるものだから、思わず掴みかかった。 「ふざけんじゃねえぞてめえ、なんなんだよ」 「暴力は反対だ。ところでおまえ、最近また吸ってるのか」 また吸ってるのか。推測すれば、それは煙草のことである。確かに十代の頃は若気の至りで喫煙していた時期もあったし、スターフォックスに在籍してからも暫くはやめられずに居たのは確かだ。けれどふとした拍子にわざわざ寿命を縮めることもないかと、きっぱりやめることができてしまってからは心当たりが無い。 「いいや」 「そうか。ところで手を離してくれないか」 苦しい、と胸倉を掴みあげていた手をぺしぺしと叩かれ我に返った。放るように手を離すと、フォックスは何度か咳き込んだ。悪かったよ、と言うと、いいやもう慣れた、と笑われた。 隣り合う椅子に再び座すこと十数分、フォックスは唐突に、「うん」と頷いた。なんのことだと一瞥すると、深い緑色の穏やかな目がこちらを見ていた。 「いや、大したことじゃあ、ないんだけどさ」 視線が、尖る。背が、ぞくりと波打つ。彼の口が辿ろうとする意思はなんだと、言いようのない不安感を煽る。 「この間、たまたまウルフと会う機会があってね、その時にあいつはラッキーストライクを吸っていたんだ。知ってる?天国に一番近いタバコだとか、エノラ・ゲイの不謹慎な一言がその名の由来であるだとか、色々都市伝説の耐えないアレ。アレをね、ウルフが吸ってたんだよ」 「でさ、ファルコ、もう煙草やめたって言っただろ。お前は色々吸ってたな、キャメルであったりセッタであったり、それこそラッキーストライクであったり。でももう、吸って無いんだよな?」 「じゃあさ」 「別にテメェに関係ないだろ」 「ほら遮った、お前の悪い癖だ。分が悪くなるとそうやってすぐ人の話を中断させようとするのは、お前の悪い癖なんだよ」 彼の意図はもう読めた。尚更、続きは聞きたくなかった。席を立つと腕を掴まれた。振り払うと彼も立ち上がった。強く見上げる視線は、責めてはいなかった。だめだ、と言ったところで、彼はなにがだめなんだと言うにちがいない。 肯定してしまう。 やめてくれ。 「なあ、なんで香るんだ?」 白を切るには、もう余りに。 END. [前][次] [戻る] |